「・・・・・・」
トキヤは悩んでいた。
生を受けて十七年、これ以上無い程悩むその理由は単純明快、女優の羽島幽が原因だった。
芸名羽島幽、本名平和島栞にお世話になったそのお礼の品物についてトキヤは真剣に考えていた。
職業もそうだが何せ性格上、異性と接する機会があまり無かったので余計に分からない。
かと言ってそっち方面に得意でフェミニストな友人がいるが、言えば最後。
散々からかわれた挙げ句、面白半分で根掘り葉掘り聞かれた後でようやく相談にのってきそうな気がした為、この案も早々に却下された。
「・・・・・・」
「トキヤー?ずっと眉間に皺を寄せているけどどうかしたの?悩み事?」
「・・・音也、一つ聞きますが貴方ならお世話になった人にお礼をする時、何を渡しますか?」
「あ、それで悩んでいたの?珍しいねトキヤが俺に相談するなんて!」
「・・・・・・貴方に聞いた私が馬鹿でした。今のはナシです。帰ります」
「何処に!?此処俺達の寮室だよ!?トキヤ待ってゴメンって!!」
・・・結論。
ルームメイトに相談するものではない。
♂♀
結局音也の意見によりケーキ(ただし甘さ控えめ)を複数購入し、軽めの変装をしつつ向かったのは羽島幽が住むマンション。
事前に彼女に訪問の許可を貰っていたのでスムーズにマンションの中に入る事が出来た。
(・・・改めて思いましたが本当にセキュリティが充実していますね・・・。
外から見ても誰が何処の部屋に入ったのか分からないようにしていますし・・・卒業したら此処に住むのも良いかもしれませんね。
ストーカーやパパラッチ対策にもなりそうです)
まあ無事シャイニング事務所に入れたら今とは別の寮に入るのだろうが。
・・・そういえば彼女が此処に住んでいる事を知っていて、且つ部屋に招かれた人間が何人いるのか。
それを考えたら自分はかなり希少な存在ではないだろうか。
確か羽島幽のプライベートは謎に包まれていて、シャイニング事務所所属の美風藍と同じ位ミステリアスな芸能人と称されていたのは記憶に新しい。
「・・・あまり深く考えないようにしましょう」
左右に数回頭を振り、トキヤが無言でインターフォンを鳴らして数秒後。
愛猫の独尊丸を抱きかかえながら出てきたのは部屋の住人、平和島栞だった。
「・・・こんにちは一ノ瀬君」
「お邪魔します、平和島さん」
出迎えた栞の表情はやはり無表情だった。
♂♀
「ニー」
「・・・」
トキヤは足元で鳴き声をあげている独尊丸を撫でる事数回。
感じたのは何処かで聞いた言葉。
『可愛いは正義』とはよく言ったものだ。
「一ノ瀬君、風邪は大丈夫?
ぶり返したりとかしていない?」
「いえ大丈夫です。・・・コーヒーですか?手伝います」
「お客様だから座ってて良いよ」
「・・・あ、・・・はい。あのこれ先日のお礼です。」
「え?・・・あ、りがとう・・・開けても良いかな?」
「どうぞ」
ぱかり、
小さな箱を開けると其処には複数のケーキ。
・・・心なしか彼女の周囲にお花が飛んでいるような気がする・・・。
トキヤは幻覚だろうか、と一瞬脳裏に過ぎるがとりあえず女性=甘いものが好きという安直な案を採用して正解だったと思い直す事にした。
それから数分。
目の前にはコーヒー、そしてケーキ。
そのケーキを狙うのは一匹の仔猫。
「駄目だよ独尊丸」
「ニー」
「駄目な物は駄目」
「・・・私が言うのも何ですが斬新な名前ですね」
「ああ・・・・・・うん色々あったんだ」
(物凄く気になるんですが・・・)
独尊丸の話題を振ってみると何故か歯切れが悪い。
話題の選択ミスだっただろうか。
そう思いながら、トキヤは優雅な仕草でケーキを食べる彼女を盗み見る。
長袖で隠れているが自分が付けた痕はまだ完全に消えていないだろう。
トキヤは自己嫌悪による鈍く痛む胸を堪えながら、口を開いた。
「・・・手首、大丈夫ですか?」
「・・・おかしな事を聞くね。元から怪我なんてしていないよ」
「ですがっ!」
「一ノ瀬君は気にしすぎだよ。
・・・あ、そういえば一ノ瀬君って早乙女学園の生徒なんだよね?」
「・・・話をそらさないで下さい・・・はあ。その通りですが、それが何か?」
「今はまだ極秘なんだけど・・・私、近い内に早乙女学園に行くんだ。
だからもし会えたら宜しくね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
友人以上、恋人未満?
さて第8章開幕です。
お互い異性と触れ合う機会なんて無かったから二人共手探り状態で接しているのだろうなーと思いながら書いてみました。
20131117