「何が、何が目的なんですか?」
「・・・・・・?」
僅かに小首を傾げた、ただそれだけの仕草が酷く腹立たしくて仕方がなかった。
余裕の無い私を、嘲るかのような。
まるで弱者の自分を助ける事で得られる、優越感なんて自己満足なんて。
ましてや―――同情からきた行動等、私のプライドが許さない。許せない。
「もう皆まで言わなくても分かるでしょう?
・・・何故、誰にも言わなかったのです?」
普通なら言う筈です、芸能界とはそういうモノだから。
決して煌びやかなモノではない、計り知れない闇と表裏一体と言うに相応しい。
「言って欲しかったんですか?
それなら自分からマスコミに流すのが一番手っ取り早いと思いますが」
「・・・・・・そういう訳ではありません。
まだあります、・・・たった一度しか会話をした事のない相手を簡単に家に連れてくるなんてどうかしています」
「・・・さっきも言いましたが、僕はそんなに器用な人間ではないんです。
あのまま誰にも気付かれず死んでしまったら・・・それこそ元も子もありませんよ」
「それは、・・・」
「何も無かったんですから、良いじゃないですか」
淡々と話す幽のこれまでの真意が分からない。
早乙女学園に入学する前に嘗て一度だけ会った彼女。
今思えば本当に軽率な行為だったと思うし、実際一歩間違えれば確実にマスコミに叩かれるのは明白だった。
話した直後と違い、今の彼女に対する感情は全く違う。
錯乱する思考の中、トキヤは漠然とそれのみ感じ取っていた。
あの時抱いた感情は、思いは、こんな醜いモノでは無かったのに。
だけど、それでも止まらなかった。
―――一度踏んだアクセルは、ブレーキをかけない限り止められない。
そんなトキヤの葛藤に気付かず幽は静かに立ち上がり、トキヤの手にあったサインペンを無言のまま受け取ろうとした。
―――その刹那。
「・・・・・・そう、ですか」
ぷつん、とトキヤの頭の中の糸が切れた。
それと同時にトキヤが静かに呟いたかと思うと、とても病人と思わせないバネのような勢いで腕を伸ばし幽の首を絡め取る。
そしてそのままベッドの上へと引き倒し、全身が悲鳴を上げるのも構わずに体を回転させて相手の上へと馬乗りになった。
ぐっと彼女の細くて白い手首を頭の上で固定し、トキヤは静かに問い掛ける。
淡々と、それでいて何処か自棄になっているかのような声で。
「なら・・・こういう事になるかもしれないと想像はしませんでしたか・・・?」
「・・・・・・」
それでも無表情と無言を貫く幽にトキヤは先程より苛立ちが増したように声の調子を強めていく。
「はっきり言っておいてあげますよ、羽島さん。
貴女のその性格は演技ではないというのはよく解りましたが・・・正直こんな状況になっても仕方が無いんですよ?」
「・・・そういうものかな」
「ええ。
恋人でも、ましてや友人でもない異性を簡単に家に入れるなんてどうかしています」
自分の片手で抑えられた彼女の両手首がきしり、と悲鳴を上げても尚、普段と変わらない様子で首を傾げる幽にトキヤは静かにもう片方の掌を彼女の白い頬に添え―――問いかけた。
「襲われるかもしれない、なんて―――欠片も考えなかったんですか?」
♂♀
同時刻、早乙女学園男子寮。
「あっねえねえマサ・・・!って、」
「!一十木・・・」
「ご、ごめん電話中だったのに・・・」
「否構わな・・・っ待て違う!誤解だ、俺は・・・」
(あ、なんか不味い雰囲気?
ごめんマサ・・・!)
真斗が妙に焦って電話相手と話してから数分後、何処か疲労感が滲み出ているその姿に音也は気まずそうに声をかけた。
「えと・・・ごめん、話ややこしくさせちゃったみたいで・・・」
「否大丈夫だ。
全く・・・アイツには困ったものだ・・・」
「?アイツ?
さっきの電話の相手の事?」
「ああ」
「へー。
その相手ってマサの友達?」
「友、というか幼馴染だ」
「え!?」
「・・・?どうした?」
「え、いやほら・・・・・・えっと何かマサって幼馴染とかいなさそうなイメージだったから、つい」
真斗は音也の苦笑いと共に出た言葉に小さく溜息を吐く。
「俺を一体何だと思っているのだお前は。
俺とて幼馴染の一人位いる」
「あはは、ゴメンゴメン!
でもそうだよねレンも似たような関係だ、」
「っアイツと一緒にするな!」
「うわっごめん!」
音也は咄嗟に真斗の地雷を踏んだ、と反省した。
しかしそれも束の間で、別に其処まで怒らなくても、と思ったがまた怒られたくないので敢えて口に出さない。
「・・・それより、一十木何か用があったのではないのか?」
「え?あ、そうだった!
ねえマサ、トキヤ見なかった!?」
「一ノ瀬・・・?見ていないが」
「トキヤってば何度電話しても出ないし、昨日出掛けてから今日の朝まで帰って来なかったんだ!
これってヤバイよね!?リンちゃん達に相談すべき!?」
「・・・否一ノ瀬が理由無くそんな事をするとは思えないが・・・とりあえずもう一日様子を見てみたらどう、」
「もしかしてトキヤ、HAYATOと間違われて誘拐とかされてたりするんじゃ・・・!」
「・・・い、一十木落ち着け。
ゆっくり深呼吸をして俺の話を聞け」
断ち切られた緊張の糸
ラストにて『乙女』要素が混じっています(笑
プロット上では音也と真斗の会話は無かったのですが、敢えて主人公とトキヤを一旦フェードアウトしてラストに導入してみました。
そう簡単にこの二人の会話を終えてたまるかというものもあります(ニヤリ
20130620