花雪シンフォニア | ナノ

彼女の兄を普段から見ている分、その妹との感情の起伏の違いを改めて知らされ、引き攣った笑いを浮かべる闇医者だったが、不意に彼の懐から携帯の振動が響いた為部屋の隅に行きながら小声で会話した。

一方残された二人の芸能人は特に会話をする事も無くその場に微妙な静寂が訪れるも、やがて耐え切れなくなったのか、その沈黙を破ってトキヤは小さな声で問い掛けた。


「・・・何故、私は此処にいるのですか?」
「買い物帰りに貴方が倒れるのを偶然見たんです。
流石に意識の無い病人を放っておける程、僕は人間が出来ていないので勝手だと思いましたが(兄が)うちに運んで知り合いの(闇)医者に診て貰いました」
「・・・そう、ですか」


・・・何か今、言外に含みがあった様な気がするのですが気の所為でしょうか。


「・・・では、どうして病院ではなく此処に・・・?」
「幾つか理由はありますが・・・」


栞は其処で一旦口を閉じたが無表情の下、心中では凄まじい勢いで言い訳を考えていた。


(えーとえーと!
幾つか、なんて言ったけど実は偏に保身の為なんです格好良い事言ってごめんなさいだけど芸能人でもある一ノ瀬君(仮)を病院に送り届けたらきっと、否確実に芋蔓式に面倒事が待っていそうな気がしたんですというよりそんなフラグしか無いと思うんです私はそういうの苦手だしきっと心臓がもたないよ絶対パーンってなる・・・!)


コンマ一秒でそんな事を考えていたとは思わせない無表情と声音で続きの台詞を彼女は口にした。


「貴方も、病院は嫌がるかと思って」
「・・・」
「僕の判断が間違っていたなら謝罪しますし、今からでも病院に連れて行きます」
「・・・・・・いえ、問題ありません。
有難う御座います・・・」


無表情のまま淡々と話す栞にトキヤは訝しげに視線を向ける。
お互いに他人行儀な口調での会話だったが結局会話はそれきりで、またもや静寂が訪れる。
何処か緊迫した空気の中、闇医者がひょっこりと戻ってくると敢えてなのかその空気を読まず、溜息を吐きながら首を振った。


「ごめん、また急患だ!
全くこんなに続けて電話が入るとはねぇ・・・嗚呼もう、こんな事二度と無いだろうに!
千載一遇のチャンスを棒に振るなんてツイてないな・・・」


ブツブツと文句を言いながら新羅は帰り支度始めて二人を見る。


「・・・あ、サイン!二人共書いてくれた?」
「え・・・あ、はい」
「此処にあります」


す、と差し出された合計四枚のサイン色紙に新羅は目を一層輝かせた。


「やった有難う!
じゃあ約束通り今日の診察はタダにしておくよ!」
「・・・本当に、それで良いんですか?」
「勿論!
次の患者からふんだくってやるからさ!
じゃ、静雄にも宜しくね!」
「はい」


やはり笑いながら言葉を紡ぎ、男は白衣を着たまま外へと出て行った。



  ♂♀



見送りをするとでも言うように猫も白衣の男を追って部屋を出ていき―――再び後に残されたのは世間を騒がせる芸能人二人。
しかしファンの一人もいないこの状況で沈黙したまま無為に時間が過ぎ去っていく。
だが今回の沈黙を破ったのはベッドの横にある椅子に腰掛けた栞だった。


「・・・一つ、良いですか」
「何ですか・・・?」


振り返ったトキヤの視界に収められたのは、気を失う前まで持っていた鞄の中に入っていた私物の数々。
勿論其処には携帯も入っている。


「な、!」
「悪いと思ったんですが、濡れたままだと壊れてしまうかと思ったので拭かせて頂きました。
勿論、中身は見ていません。
着信が何件か入っていたので折り返し電話をした方が良いかと思いま―――」
「・・・・・・どうして、ですか」
「・・・?」


こてり、と栞の首が傾く。
自分の言葉の真意が読めない、とでも言うかのように。


トキヤは不思議で仕方がなかった。

始めはただの成り行き。
偶然にも等しい出会いの中で交わした言葉と視線、そして変化の欠片。

自分なんて赤の他人の筈だ、なのにどうして此処まで世話をしてくれるのか全く分からない。



―――じわじわと何かが侵食されるような感覚。
また熱がぶり返しているのか、いつもと比べると冷静さを欠いた思考の中トキヤの感情は爆発したのだった。

  爆発する感情

・・・これだけは断言出来ます、当初思い描いていた展開と違う・・・!
とりあえず漠然としか考えていなかったから此処にきてツケがきた感じが(汗

20130617