花雪シンフォニア | ナノ

栞は内心、深く落ち込んでいた。

嘗て一度出会い、そして話した彼が今日いきなり目の前で倒れた為、自宅で介抱するというこの展開は一体何のフラグだ。


せめてもの幸いは自分のマンションがセキュリティの充実しており、尚且一度入ってしまえば外から中の様子が全くわからない事だろうか。



・・・・・・・・・まぁとりあえず。


「・・・」


やってしまった・・・!
何一つ悪い事はしていない筈なのに何故こんな気持ちにならなくちゃいけないんだろうか。
というか一ノ瀬君(仮)は私の事覚えているのか気になって仕方無いんだけど!
私の場合一方的にしかも画面越しに見てたから知っていたけど、向こうはそうじゃないし。

・・・やっぱり病院に連れて行けば良かったのかな・・・!?


ぐるぐると考えながら栞は人数分のコップに水を注ぎ終えると徐に歩き出す。
心中では葛藤の嵐に見舞われながらも表面上は平常時と何ら変わらない無表情であった為、やはり誰にも気付かれる事は無く。



  ♂♀



「・・・新羅さん、お水持って来ました。
・・・・・・・・・、どういう状況ですか?」


栞の視界には以下の様な光景が広がっていた。

不思議そうな、だが何処か怪訝な表情をした静雄。
床に倒れ、額を抑えながら悶絶する新羅。
そして荒い息を繰り返しながらベッドで倒れているトキヤ、オロオロと挙動不審な首なしライダー。

・・・ホントに何が起こったのだろうか。


「あー・・・新羅の事は気にすんな。
つかお前俺やセルティの分まで持ってきたのか」
(!?)
「・・・要らなかった?」
「否貰う。
ほらセルティ・・・ってお前水飲めたか?」


セルティには首がない。
根拠など全く無い噂が多いが彼女が実(まこと)しやかに囁かれる『首なしライダー』という名前は確かに真実を表している。
つまり首から上が無いという事は栞が持ってきた水すらも飲めないという事で。


(し、静雄それを今このタイミングで言うか!?
栞ちゃんの気を悪くしたらどうするんだ!)


無口無表情を地で行っている彼女の表情は変わらず読めないが、怒ってはいないだろうか。
ただでさえ静雄に妹がいたという事実に驚愕が隠せなかったのに、トドメと言わんばかりの「静雄の妹=羽島幽」というもう一つの事実にもう頭の中はパンクしそうだった。
というより新羅の奴、知ってたら何でもっと早く言わなかったんだ!!


『だ、大丈夫だ。
折角栞ちゃんが持ってきてくれたし、貰っておくよ』
「・・・有難う御座います。
新羅さん、大丈夫ですか」
「ううっ・・・栞ちゃんからも言ってよ、もう少し、否かなり力をセーブしてくれないと俺の身が持たないって!」
「したじゃねぇか」
「じゃあもっとしてくれよ・・・もう少しで川を渡るところだったよ」
「・・・いっそ渡らせてやろうか」
『おい!』
「・・・あれ、彼は寝てしまったんですか?」


ピタリ。


静雄の不穏な台詞も何のその、栞が発した静かな声に静雄達は凍り付いた。
彼女達の視線の先には布団の上に力無く倒れているトキヤの姿が。
・・・気の所為だろうか、自分が席を離れた時よりも顔が赤い上に呼吸も荒いような。


「・・・」
(わ、忘れてたなんて言えない・・・!)


医者としてあるまじき台詞である。
新羅はふい、と視線をズラし栞の無言の催促を気付かないように振舞う。

美人(新羅曰くセルティには劣るらしい)の無表情って怖い。
何たって迫力が違う。


新羅は背筋に冷たいものが走ったような感覚が過ぎるも、栞にとっては別に無言で責めている訳でも無かったのだが新羅も栞も気付かない。


「・・・」


PiPiPi


着信を知らせる携帯のメロディーが静寂を切り裂いた。
その事に新羅達は安堵し、その携帯の持ち主である新羅はこれ幸いと言わんばかりにそそくさと退場したのだった。


「・・・ったく新羅の奴・・・」

『・・・あ、栞ちゃん手伝うよ』
「あ?・・・あー否俺がやる。そっちの方が早いだろ」
「・・・・・・有難う」


一度上半身を起こした状態で突如倒れてしまったのだから、かなり辛い体勢で倒れているトキヤを栞は元の位置に直そうとしていたのだが、残念ながらあまり変わっておらず見兼ねてセルティ、少し遅れて静雄が声をかけた。


「そういえば兄さん達、もう結構時間が経つけど予定とか大丈夫なの?」
「は?」
『?』
「もう夜遅いし、明日の予定に差し支えがあるようなら、」
「何言ってんだ栞、俺達が帰ったらお前とそいつの二人きりになるだろーが!
幾ら何でも無防備過ぎるだろ!」
『そうだよ栞ちゃん、男がどういうものか知ってるだろう?』
「・・・」


栞は無言で静雄の台詞を聞き、次にセルティが差し出したPDAに映し出された画面を見る。
数瞬沈黙した後、栞は何を思ったのか彼等が言いたい事とは全く違う言葉を放った。


「・・・え、私何もしないよ?」
「『っ逆だ逆ーーー!!!』」

  彼女の心、誰一人知らず

主人公出てきたけど、今度はトキヤがフェードアウト。
こんな事があっても良いのか、否無い。
というかトキヤがお相手なのにこの扱いって一体。

20130220