花雪シンフォニア | ナノ

さあさあと降る雨の中。
黒と紫が確かに邂逅するも、視線が交わる事は無く。



  ♂♀



「・・・兄さん」
「栞?どうした、珍しいなこんな所で会うなんてよ」

軽めに変装した妹の姿を見て静雄は軽く目を瞠らせる。
最後に会話をしたのはいつだったか。
咄嗟に出てこないという事はそれ程この妹とは会話をしていない事を示している。

「今日は久々のオフだったから、日用品の買出しに。
・・・そう言う兄さんは?」

コテリ、と首を傾げた栞に静雄は滅多に浮かべない微笑を浮かべる。
上司であるトムが見れば瞠目しただろうが、妹として慣れてしまっている栞としては何ら動じた様子は無い。

「俺は午後から休みを貰ったんだよ」
「・・・そう」
「そういえばこの前のドラマ見たぞ。
後、雑誌だったか。猫を飼ったんだってな」
「うん。
一人暮らしだとやっぱり物寂しくて」

栞は無表情である為、敬遠される傾向にあるのだがそれは芸能界に入った後も変わらないらしい。
彼女の口から親しい友人や恋人の名前など聞いた事もない。
年頃の女性としてこれはどうなのだろうかと兄の心境としては複雑な気分だった。

「・・・栞」
「何かな兄さん」
「余計なお世話だと思うが、お前ダチの一人くらい作っとけ」
「・・・・・・努力、しているんだけどね。
中々難しい」

淡々と呟く妹に静雄は溜息を吐きたくなるのをぐっと堪えた。
栞に友人が出来なかった原因の一つとして間違い無く自分の存在も入っているのだ、この妹はそれを指摘して非難した事は一度たりとも無いのだがそれでも一種の負い目を感じていたのは事実で。

「あー・・・その、なんだ。
確か専属スタッフがいるとか言ってたろ。
そいつらとはどうなんだ?」
「・・・そうだね、皆良くしてくれるよ」


だがそれでも何処か一線を引かれているのは気の所為ではない筈だ。

栞は漠然と感じつつもそれを伝える事は無かった。
家族思いの兄にこれ以上不安要素を与えるような事はしたくなかったから。


「・・・あ、」
「あ?・・・嗚呼、雨か」
「うん。兄さん折り畳みがあるけど、」
「俺は良い。お前が使え」
「・・・分かった・・・、・・・?」
「どうした?」

傘を差した栞がふと静雄の後ろに視線を向ける。
それだけなら静雄も気にならなかったかもしれないが、彼女は尚視線をズラさない。
ズラす所か逆に睨むように見ていた。


静雄も気になってふと後ろを振り返る。
サングラスが雨に当たって視界が良好ではないが、それでもある程度の判断はついた。

「・・・・・・あいつ、か?」
「・・・・・・・・・」

栞の視線の先には一人の男。
しかし何処か覚束無い動きで歩いている所を見ると様子が可笑しい。
何秒か観察していると、突然男はバランスを崩し、その身体がコンクリートの上に崩れ落ちた。


「・・・」
「・・・」


平和島兄妹が沈黙する中、先に動いたのは栞だった。


「・・・」
「っおい栞!」


倒れた男の周りには自分と兄以外誰もいない。
だからなのか、栞はふとその男が気になった。


雨音が徐々に強くなるのも無視して栞は構わず歩を進めると、そんなに遠くなかったのもあり、一分足らずですぐに着いた。
男との距離を縮めた為、栞の持つ傘が彼の頭上に降る雨を防ぐ形になり、男がそれ以上濡れる事は無かった。




倒れた衝撃だろう、その所為で帽子やサングラスで隠された彼の髪や目が栞、そして後ろにいる静雄の視界に入る。
露になった彼の顔に彼女は無表情だったが、静雄は思わず目を丸くした。


「おいそいつ・・・!」


藍色がかった短い髪。
整った顔立ち。

倒れた男の顔は栞と同様、テレビ等でよく出ている人物とそっくりで。


栞はゆるりと夜色の双眸を細める。
そして徐に口を開いて静雄にある事を頼んだのだった。


―――彼の瞼は依然と固く閉ざされており、紫紺の双眸と漆黒の双眸がこの時交わる事は無く。

  君色、この心、雨模様    

という訳で第7章開幕です!
名前は出していませんが勘の良い方はお分かりになられたかと思います。
第7章は私が書きたくてたまらなかったシーンであり、ゲスト様が読みたかったであろうシーンですので、出来るだけ執筆速度を速めたいと思います。

20121217