花雪シンフォニア | ナノ

『吸血忍者カーミラ才蔵』を皮切りにじわじわと有名になった栞は今や、実力派女優として仕事が入るようになった。
しかし其の膨大な仕事量に栞が、いつか自分は仕事によって殺されるのではないかと思ったのは少なくない。
そろそろ片手では足りなくなってきたような気がするのは気の所為ではないだろう。


(・・・や、仕事があるのは有難い事なんだけど・・・もう少し休みが欲しいと思うのは我儘かな・・・)

世の中は週休二日なのに・・・!

くっ、とどうしようもない気持ちに駆られながらも栞は(客観的に見て)淡々と仕事をこなしていた。
そしていつの間にか、暦は11月になった。

去年までは一般人だった筈なのに、一年とは早いなぁ、と栞はすっかり冷えた空気を首筋に晒さないようにマフラーを巻き直す。



・・・思えば夏は大変だった。
七月八月に半袖薄着のまま外をうろつこうとすれば、必ず永遠とルリが飛んできて日焼け対策として長袖を着せられた事は記憶に新しい。
後帽子に日傘も。
大丈夫だと言ったのに彼女達は引かなかったし折れなかった。

・・・女性って怖いね。改めて知った。
貴女も女でしょ、っていう突っ込みは聞かない!


栞は自分の価値に無頓着というか、自分に対し殆ど手を抜く傾向がある。
その為、肌に気を使わなければならない女優なのに「ちょっと待って!」と言いたくなる様な事を平気で仕出かす。

よって平和島栞―――羽島幽の専属スタッフであるルリ達がいつの間にか目を光らせる事になっていた。


(・・・寒い。炬燵に入りたい。炬燵と言ったら蜜柑だよね。
あ、後毛皮欲しい。猫とか居ないかな)

誰もが美女だと絶賛する女優が無表情の下、こんな雑念を抱いていると誰が予想出来るだろうか。
居たらその人は余程勘が良いか読心術の達人である。


そんなこんなで。栞は寒空の下、歩いていた。



  ♂♀



現在栞は女優としてドラマの撮影に来ていた。
尤も、撮影場所にすら辿り着いていないのだが。


(・・・もう少ししたら出発かな。
じゃあ今の内に温かい飲み物でも買っておこうかな・・・)

何も問題がなければ一時間以内に到着するだろう。
撮影時間まで一時間半。
充分間に合う、と判断すると栞はコンビニや自販機を探す為、散歩がてら探す事にしたのだった。






・・・だったのだが。


(・・・どうしてこうなった!?)

目的の物は見付かり、珈琲を買って帰ろうとしたまでは良い。
そしたら、変装が不十分だったのが災いしてか、一般人にバレてしまった。

そして現在進行形で逃亡中という訳である。


「居た!羽島幽だ!」
「嘘!?本物!?」

本物って偽物でも居るのか!
居るなら是非ともこの目で見てみたい。
・・・じゃ、なーい!!


「・・・っ!」
「羽島さん!写真を一緒に撮らせて下さい!」
「こっちだ!追え!!」

何か人数増えてるし!
この人達を連れたまま元の場所に戻る訳にはいかないし、嗚呼もうどうすれば・・・!?


悶々と考えながら栞は背後に迫る彼らを振り切る為に、普段あまり活かしていない運動神経をフルに使って角を曲がろうとした。
・・・が。



「ぇ、」
「―――えっ!」

角を曲がった瞬間、栞の視界にバーミリオン色が広がる。
一瞬、其の色に捕らわれて身体が凍りついたが、すぐに身体をズラす事でその色とぶつかる事を逃れた。
しかし、相手側は栞の様に器用にいかなかったらしく、尻餅をついてしまっていた。

「(しまったー!)
ごめんなさい、大丈夫ですか」
「は、はい!あ、アレ―――え!」
「ッ!」

栞はハッと背後に迫る事態を思い出す。

マズイ、このままだと追い付かれる!

そう思った栞は咄嗟にぶつかりかけた相手の手を掴み、建物と建物の隙間に隠れた。

「・・・こっち、」
「え!?」


「何処!?」
「何処に行ったの!?」
「あれ、羽島幽が・・・消えた?」


追っかけがバラバラと散っていき、栞は静かに安堵と疲労が混じった溜息を吐いた。
其処で、彼女はふと、アクシデントとはいえ、巻き込んでしまった人物を改めて視界に納める。

・・・・・・?


「・・・・・・いきなり手を掴んでしまってすみません。大丈夫ですか?」
「は、はい!大丈夫でしゅ・・・ッ・・・!」

・・・・・・・・・噛んだ。
本当に大丈夫だろうか。

栞の心にふと一抹の不安が過ぎる。
しかし其れを表に出す事はなかったけれど。


「巻き込むつもりはありませんでした。
しかし、あのままだとあの人達と衝突する所でしたので」

まぁその原因は100%私の所為なんだけどね!
ごめんなさい本当に!



・・・・・・・・・?

・・・・・・うーん?
謝罪も大事なんだけど、その前にこの顔・・・見た事がある、ような。


「い、いえ本当に大丈夫ですので!」
「・・・・・・本当に?」

栞は不審に思われない程度に少女の相貌を見つめた。

赤い顔をして、問題無いと気丈に振舞う、其の人物。
髪はバーミリオンに近い、まるで春を連想させる色でボブカット。
陽の光にも似た黄金の双眸は興奮しているのか酷く潤み、揺れている。
栞よりも約5歳程年下の様に見える、その少女は。


"前"の記憶の琴線に、触れた気がした。


(・・・・・・何処かで、見た事があると思ったら・・・。
まさかと思うけど、この娘(こ)、は・・・)


七海春歌。
あの乙女ゲームの主人公。


―――類稀な作曲の才能を秘めた少女が、其処に居た。

  春色の閨秀作曲家との出逢い    

お待たせしました、第5章に突入です!
ヒロイン(=春歌)との邂逅をずっと書きたかったので書けて良かったです。
という事で、第5章は春歌との絡みがメイン。
果たしてこれはutprサイドと言うのだろうか・・・(汗

20120701