話を掻い摘んで要約してもらい、私は頭の中で簡単に整理する。
うん・・・何と言うか・・・。
私の『知識』がうろ覚えだったが本人の話を聞いて大体わかった。と思う。
・・・多分。
『自分』・・・『一ノ瀬トキヤ』(仮)という人格だけでなく、自分の大好きな歌もまるで軽んじられるような扱いを受けて、精神的に結構負担がきている。
しかもそれを誰かに話せる内容でないだけにストレスの捌け口も見付からず、現在に至る、と。
「・・・・・・・・・」
私はそんな経験が無い。
"前"の記憶が殆ど欠けている為、本当に無いのかは分からないけど。
一ノ瀬君(仮)の話を聞いても既視感の様なものが無かったから多分無いのだろう。
経験していないことを、他の人の口から聞いてもそれを完全に理解することなんて出来ないから、下手な事は言えない。
逆効果にならないように伝えるにはどう言えば良いのか。
「・・・・・・・・・」
でもそれ以上に今の話を聞いて思った事がある。
まずはその事を聞いてみようか。
♂♀
「・・・・・・そう。―――本当に、そうなの?」
「―――え」
「貴方には本当に、ないの?」
彼は言った。
失くしてしまったのだと。それは、人が当たり前の様に持っているモノ。
普段、人が意識することの無い、心を。
「本当に"大切な物"を、失くしてしまったの?」
「それ、は」
揺れる双眸。震える肩。思わず息を呑む、彼。
「貴方の歌に対する想いは分かった。
その歌を理解し、完璧に歌う為に時間が欲しいと思っていることも。
だけど与えられる時間が酷い時には一時間しかないことも今聞いた。
でも、その時間に貴方はその歌の事を何一つ理解出来ないまま歌うの?
十、又は百ある内の一つでも分かったことをその歌に乗せて歌っていないの?
―――人生何事も甘くない。人生は常に選択を迫られる。
・・・時にはその選択肢さえ与えられない時だってある。
だからその状況で最善と思われる行動をするしかない。」
今まで嘗て無い位、喋っていると思う。
というより自分の口なのに私の意思関係無く動いてるし!
こんな言い方で良いの!?
逆効果だったら本当に申し訳ないんだけど・・・!!
一旦閉じようかマイマウス!
「もしも貴方が此処で絶望して立ち止まって。何も行動しなかったら。
きっと貴方は一生何も変わることなくこのまま終わるんだろうね」
・・・私の口は結局止まってくれず彼にとってとても残酷なことを言った。
まるで突き放すような口ぶりだと、他人事のように思った私がいた。
「貴女はっ・・・!」
一ノ瀬君(仮)は殆ど衝動的に立ち上がったようだった。
彼の瞳を真っ直ぐに見つめると其処には絶望や激しい怒りなど、色んな感情が混ざり合った複雑な色が映し出されていた。
「―――此処で貴方が諦めてただ仕事をこなした結果、精神を殺すか。
今の状況を打破する為に、何らかの行動を起こすか。
数ある選択肢の中からどれを選択し、決断して行動するのかは貴方次第だよ」
「・・・・・・・・・何らかの行動、ですか」
トキヤの深い藍色の双眸から負の感情は薄れ、栞を見つめる。
一言一句聞き逃さない、とでも言うかのように。
「そう。
・・・もしかしたら貴方の精神状態に気付いた誰かが状況打破する為のチャンスをくれることもあるかもね」
「・・・・・・非現実的ですね」
「でも有り得ない話じゃないよ」
『原作』ではシャイニング早乙女が気付いたし。
多分この世界の彼も気付く筈だ。
栞は彼の視線から逃れるように、スッと極自然な動作で目を逸らす。
「・・・まぁ人間万事塞翁が馬って言うし。大丈夫だよ」
「何も解決しませんね。
それにその大丈夫という言葉にも一体何の根拠が・・・」
「何の根拠が無くても、言葉が必要なときがあるから」
「それは・・・」
「今の貴方には気休めでも必要だと思う。
後は理解者かな・・・」
(・・・理解者、ですか)
「それに人生甘いことばかり起きていたら人間は堕落する一方だよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・それはどういう意味ですか」
「?特に意味なんて無いけど」
そう言うと一ノ瀬君(仮)は深く溜息を吐いた。
・・・・・・え、失礼じゃない?
「・・・・・・・・・まぁ貴女の言葉は一応頭の片隅にでも残しておきます」
「そう」
なんて可愛げの無い言葉だ。
本当に年下かと思うような口ぶりである。
15・・・否16歳?で一人称が『私』な男子、初めて見たよ!
否、それよりも元に戻った、のだろうか?
一ノ瀬君(仮)はポーカーフェイスだからよく分からん。
―――あ、そういえば。
「・・・顔色がさっきより良くなったみたいだし。私はもう行くね」
卯月さんを待っていたのを忘れてた。
あれから結構時間経ってるしもう終わってる頃だろう。
・・・逆に待たせてしまったいるかもしれない。
それはそれで申し訳ない。早く戻ろう。
私は椅子から立ち上がってもう一度一ノ瀬君(仮)を見る。
・・・うんやっぱり美形だ。流石アイドル。
シズ兄さんやあの黒幕志向で見慣れていても充分目の保養になりました。
有難う御座います。
「ええ・・・有難う御座います」
「―――え」
あれ、今声に出したっけ。
思わず動揺して声に出してしまったが一ノ瀬君(仮)はそんな私に構わず話を続ける。
え、ちょっと待ってまだ状況整理が出来てないんだよ!
「貴女が話を聞いてくれたおかげで少し気が晴れました」
「・・・そう」
あんな話で?って聞きたくなったが其処はぐっと堪える。
・・・あれ今のってツンデレ?ツンデレなの?
そういえば私の手にある珈琲がすっかり温くなっていたことに今気付いた。
まぁ一ノ瀬君(仮)の気が晴れたようなので良しとしよう。うん。
・・・あ、そうだ。
「手、出して」
「?」
「はい」
「・・・何ですかコレ」
「アメ」
「見れば分かります」
栞がポケットから出したアメをトキヤの掌に二つほど置くと案の定トキヤは怪訝な表情を浮かべた。
トキヤから言外に棘を感じた栞は自分の言葉足らずを理解し、僅かに反省する。
・・・しまった失敗した。
「疲れたときは甘いものを、って言うし。
貴方の場合頭を使い過ぎているような気がしてならないから、あげる」
要らなかったら捨ててくれ。
あ、でも勿体無いからせめて誰かにあげて。
口に出さずにそんな事を思った栞に気付かず、トキヤはきょとりと目を少し見開いた状態で掌にあるアメを見つめる。
その表情は、栞が初めて見る歳相応なものだった。
その表情を間近に見た栞は何故か気恥ずかしくなり、早く立ち去ろうと思い直す。
・・・そろそろ本当に帰ろう。
卯月さんに怒られたくない。そうと決まれば善は急げ。
栞は元来た道へ足を向ける。
―――その前に栞はトキヤに向かって最後に一言だけ告げる。
「最初の質問だけど」
「―――え?」
「貴方は、心を失くしてしまったって言ったけど私はそう思わない。
だって、貴方は悩んでるし苦しんでる。
本当に心が無い人はきっとそんなことを感じられないんだと思う。
だから―――大丈夫。
切片があれば人は変われる。
人を変えることが出来るのは、同じく人なのだから」
今は分からなくてもきっといつかは分かる日が来る。
そう信じて人は歩むしかないのだと、私は思う。
これが最初の邂逅。初めての出会い。ファーストコンタクト。
君が未来を掴む為に
トキヤとの出会い後編終了。
『花雪』主人公が此処まで会話をした事が今まであっただろうか。
前半は主人公視点だったので後半からはトキヤ視点でいきます。
この話も結構難産だった・・・。やっぱり下書きと違う事を言ってるし。
でもその分満足してます。
そして主人公最後までトキヤのことを(仮)付け・・・。
しかも名前を聞いていないというオチ。
20120320