花雪シンフォニア | ナノ

体が宙を舞う、なんて表現は何処ぞの漫画の世界だ、と思うのだが生憎今の俺にはその言葉が一番相応しい。
池袋で噂の『池袋最強』『自動喧嘩人形』がどういう人物なのか興味を持ったのが全ての発端。
彼を見た瞬間、自分でもいつの間にか声をかけていた。
否、本当にいつの間にかである。
噂を聞いていた筈なのに彼に声をかけ、次々と質問をしてしまったのが悪かったのか、俺は彼を怒らせてしまったらしい。

彼、平和島静雄が怒った本当の原因は分からない。
しかし『池袋最強』の噂は本当だったということは分かった。


池袋で最も『喧嘩を売ってはいけない男』
その力は自販機や街灯、ガードレールなどを片手で容易くひっこ抜いて投げ飛ばし、車をサッカーボールのように蹴り転がす。


そんな人物に自分は手を出してしまったのだ、と。
それを今、身をもって思い知った。


君子、危うきに近寄らず。
古人は正しかった。



―――其処で俺の意識はブラックアウトした。



  ♂♀



次に彼の意識が戻ったのは正確な時間は不明だがそれでも他の人物に比べて割と早い方だった。
否。意識が戻ったと言うより、彼の身体は何処も彼処も悲鳴をあげ、意識が戻らざるを得なかったという方が正しい表現なのだが彼にとってそんな事はどうでも良かった。

とりあえず現状把握をしようと身体を動かそうとする。
しかし、痛みの方がやはり勝るのか、呻き声の方が先に出てしまった。

「うっ・・・」

「・・・・・・大丈夫ですか」

自分とそう変わらない距離で聞こえた声に思わず彼は硬直した。
恐らく自分に向けられているであろうセリフに返事を返し、身体を何とか起き上がらせる。
ただそれだけの作業なのにも関わらず酷く疲れたのは、それだけ平和島静雄から受けたダメージが大きかったからだろうと判断し、先程の声の持ち主を一目見ようと首を動かす。


―――そして彼は見事に固まった。


彼の視線の先にはまだ少女とも言えるような妙齢の女性だった。
しかし、少年と言われたら納得してしまいそうな位、中性的で艶やかな顔だ。
容姿端麗、明眸皓歯、高嶺の花、といった言葉がよく似合う容姿で、まさに『美人』という言葉を具現化させたような存在だった。

絹糸のような一本一本が無数に合わさり、水流のような滑らかさを生み出している腰まで届く髪の毛は緑の黒髪と呼ぶに相応しい。
周りの男が放っておかないと断言出来る位の美女(もしかしたら美少女かもしれない)ぶりであるが―――彼女は何処か冷たい雰囲気を全身に纏っており、また周囲に近寄りがたいと思わせる空気を醸し出していた。


思わず彼女―――平和島栞の顔を凝視し続けた為か、彼女が痺れを切らしたように口を開く。
普通なら自分の顔を無言で見つめられようものなら何かしら表情を崩すのに、彼女の表情は一切変わらず無表情のままだったので、本当に痺れを切らしたのか怪しかったのだが。


しかし、今の彼にとってそれ所ではなかった。
身体中傷だらけで痛い筈なのに、彼はその痛みも傷も忘れて、栞の両手を掴んだ。


「・・・あの、どうかし、」ガシッ
「君、アイドルとか芸能界に興味ないかい!?否、アイドルにならないか!?」
「・・・・・・・・・・・・」


彼女はきっと芸能界で輝く逸材であると、確信しての一言だった。

  脇役Aの事情

話としては1.5話といったところ。
静雄に声をかけてきたのは実は芸能事務所のスカウトマンだったんだよ、という裏話。
第2章はつまり主人公が芸能界に一歩踏み入れるまでの話を書く予定。

因みに主人公の容姿を描写するシーンがありましたが殆ど原作から引用しています。
更に付け加えると多分この時の主人公は高校生。

20120316