刀語×とうらぶネタ4

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その審神者は所謂「拉致られ審神者」だった。
学校が終わると同時に政府の役人に問答無用で本丸に連れて行かれ、訳のわからないまま式神であるこんのすけに説明を受けた後、混乱したまま鍛刀、出陣、そして手入れと流されるままに審神者として生きる事になってしまった少女。

初期刀、加州清光。初鍛刀、乱藤四郎。
当時、十二歳だった少女にとってはありがたい組み合わせであった。
何せ体格が良すぎたり仏頂面であったりするとそれはもう恐怖の対象でしかない。

審神者が必死に職務をこなす間、加州と乱は他にどんな刀剣男士がいるのかと調べた結果、急いで太刀勢を呼ばない方が良いと結論を下した。
短刀と脇差達で異性というものに審神者が慣れてきたのを見計らって刀剣達が忘れた頃に太刀や大太刀を拾ってきた事により、それに比例して本丸が賑やかになってきた頃。

審神者もとい『小桃』は十四歳になっていた。

加州達が"それ"に気付いた時にはもう遅かった。
同年代の友人、ましてや同性という存在がいない本丸において彼女の女性の部分に寄り添える者はいなかった。
故に小桃の性格が年齢の割に非常に大人びてしまったのは至極当然の流れだったのだ。



  ■■



「これが・・・検非違使が落としたっていう刀?」

第一部隊の刀剣達が回収したのは今まで見てきた刀とは全く異なる、柄も鍔も鞘も漆黒の太刀だ。

・・・何となく鶴丸とは対照的な刀だなと思った。
最近確認されるようになった検非違使という存在。
此方の最高練度に合わせて強さが変わるというのだから、正直歴史修正主義者よりもタチが悪い。
そんな検非違使が落としたこの刀からは確かに付喪神が宿っているのを感じるが、何というかこれは・・・。


(・・・眠っている、ような・・・?)


力は強い。だけどまるでさざ波のように静かな鼓動が、小桃の手のひらを介して感じるのだ。


「ねー主、やっぱりこんのすけに聞いてみたけど、新実装の太刀は無いみたいだよー」
「え?そうなの?」
「お言葉ですが加州様が仰る通り現在、時の政府から新しく実装されたという報告はありません!」
「え?じゃあこの刀は一体・・・」
「穢れも感じないし・・・俺は戦力を増やすという意味合いで顕現しても良いと思うんだけどねー」

ただあの主命馬鹿が・・・と言外に含めた加州に審神者は全てを悟った。
要は正体不明の刀を不用意に顕現させる事で主に危害が及んだら、という可能性を危惧しての意見だろう。
良くも悪くも真っ直ぐな刀に審神者は苦笑を隠せない。

確かに長谷部の意見も加州の提案にも賛成だ。
何せこの本丸はまだ刀剣の数が少ない。
なので各刀剣男士一人の負担もそれなりにある。
今も手のひらから伝わる鼓動が、清浄な神気が長谷部の"もしも"の可能性を否定している。

―――この神様は、加州達と同様優しい神様だという直感が審神者の思考を占めていた。


「そうだね、加州。
もしかしたら検非違使が虎徹兄弟みたいに本霊を封じ込めようとしていたのかもしれないし・・・一度顕現してみてそれから政府に連絡してみ―――」


不自然に、其処で会話が途切れたのを加州は審神者に問わなかった。
加州、審神者だけではなく本丸にいる刀剣男士たち全員がその異変を瞬時に感じ取ったからだ。



バチバチッとまるで稲妻が走ったような衝撃。
本丸を守護する結界が敵の攻撃で破れた事を示す、何よりの証だ。


「主君!お逃げ下さい!」
「あるじさまっ・・・!」

遠くの方で、短刀達が叫んでいる。
急速に指先の温度がが消える感覚が審神者を襲う。

指示を出さないと。
そうでないと皆が、本丸が、


「あ、あ・・・」
「っ主!とりあえずこんのすけと一緒に結界が貼っている鍛刀部屋に!急いで!!
敵は俺達が殲滅するから!!」
「で、でも敵が何人いるか・・・!それに今遠征に行っている皆も呼び戻さないと、」

今本丸にいる刀剣男士は練度が低い短刀が数振りと加州達のような古参の刀剣が五振り位だ。
敵の数によってはそれではあまりにも心許無い。
戦力は多ければ多い方が良い。
遠征部隊を呼び戻すには審神者の部屋にある端末からか―――こんのすけだ。

「鍛刀部屋に入ったらすぐにこんのすけを通じて遠征部隊を呼び戻して!それまでは俺達が時間を稼ぐから!」
「審神者様、此処は加州様の仰る通りにしましょう!」
「―――っわか、った」
「清光!主!こんな所にいた・・・!
検非違使が来た!数は十五!今和泉守と堀川、太郎太刀、薬研が交戦してる!」
「っ!み、乱は!?後今剣に前田は、」
「乱は他の短刀達を誘導しながら主の部屋を目指してる!」
「主の部屋も結界があるから正解だね。
まあ本音を言えば主もそっちに行ってほしかったんだけど・・・」
「この場所からだと微妙に遠いし、当初の予定通り鍛刀部屋の方が良いね。
下手をすれば敵に見つかってしまう可能性があるし」

敵意と殺意が立ち込める本丸が、審神者にとっては別の光景に見えた。
審神者になってから数年たったが本物の戦場というものを知らない。
それでも動揺を見せないように、気丈に振る舞う。

弱さを見せたら、迷いを見せてしまったらきっと彼らも本来の力を発揮出来なくなってしまう。

それは。それだけは決してあってはならない。
将たる者、いつだって毅然としていなければならない。
そう教わったのだから。


「とにかく主は安全な場所にいて!終わったら迎えに行くから!」
「―――うんっ・・・!!」
「皆様、ご武運をお祈りします・・・!」


ぐ、と掌が白くなる程力強く握りしめた刀から一瞬神気が揺れるも審神者はそれに気付かなかった。







(お願いです神様、どうか皆が死なせないで下さいどうかどうか・・・!!)

膝が震える。奥歯を噛み締めながら、本丸のあちこちから聞こえてくる破壊音と怒号が審神者の心をかき乱していた。

「審神者様もうしばらくの辛抱です、遠征部隊隊長の三日月殿含む他の刀剣男士様達もすぐに戻るとの事。
そして時の政府にも緊急信号を送りました!
それまではこのこんのすけも傍におります故、」
「うんっ・・・!!」

大丈夫、大丈夫。
私よりも戦ってくれているみんなの方が怖いに決まっている。

だから、だから―――!!!



ギシッ
ガタンッ


と妙に重い音が廊下に響いたのを皮切りに審神者の体の震えが一層増したのを、こんのすけは見逃さなかった。


「あ・・・あ・・・こん、のすけ・・・!」

かたかたと震える審神者の細い体。
こんのすけはふと、此処でようやく彼女が持つ漆黒の刀に気付いた。
それと同時に鍛刀部屋の障子から見える、敵の影。
ゆっくりと薙刀らしき武器を構え、障子ごとこの部屋を守る結界を突破しようとするのを視界の端に入れながら、こんのすけは無我夢中で思うがまま叫んだ。


「っ審神者様!その刀を顕現させてください!!」


障子越しに見える、その影が獲物を振り被っている。

審神者は己の死を直感しながらも手のひらにある漆黒の刀に霊力を注ぐ。

助けを、願わずにはいられなかった。


―――神様。
神様どうか、助けて下さい―――!!!


バチンッ

しゃりん、



鍛刀部屋の結界が壊されるのと、金属か何かが擦れたような音が鳴ったのは奇しくもほぼ同時だった。


  ■■


あの青い幽鬼のような者に本体を捕られ、強制的な眠りにつかされてどれ位経ったのか。
ぼんやりと意識が戻っていく中、突如脳裏にあまりにも必死な声が木霊する。


『・・・?』

幼いというより若い女の声。
あまりにも必死なその声に彼女はほとんど反射的に、無意識に応えた。―――応えてしまった。

どんなに否定しても所詮今の自分はただの刀であり道具。
所有され、使って振るわれて、そうして刀は大なり小なりの価値を得る。

そう説いたのは確かすぐ上の兄だったか。


滝のように力強い力が彼女―――"斬刀・鈍"を襲う。
頭の先から足の爪先まで力が浸透し、何かに引き寄せられる。


頭部が、腕が、足が、審神者の力により顕現する。
桜が舞い散る中、その刀は現れた。
完全に肉体が形作られ、足が地に着く感覚。
思い通りに動く体を手に入れた事で、【彼女】の気分は高揚するがそれを阻む無粋な者を見た瞬間、その高揚も抑制される。


しゃりん、

「・・・目が覚めて一番にする事が挨拶ではなく、まさか敵を斬る事だとは。
―――こんなに驚いたのは父によって生まれた時以来でしょうか」

「え・・・女性・・・・・・?」

「おはようございます、そして・・・おやすみなさい」

審神者は、こんのすけは、この時一体何が起こったのか分からなかった。
金属音が一つ鳴ったと思った時には検非違使の持つ薙刀どころか人型ごと真っ二つにされていて、もう一度瞬きした時には検非違使は砂に還っていた。


―――夜の帳を切り裂いたような黒髪が靡く。
ぬばたまのような黒髪を飾るのは紅く咲く一輪の椿。
鍛刀部屋に悠然と佇む彼女は何処まで行っても黒色だった。
黒の小袖は神気で揺れており、黒の袴もさざめいている。
唯一黒ではないのは両端に金色の蝶の模様があしらわれた、足首ほどまである濃紺のストール位だろうか。
足元を見ると鶴丸によく似た厚底の草履を履いているのが分かる。


・・・審神者が持っていた筈の太刀はいつの間にか目の前に立つ存在の腰にあり、圧倒的な存在感があった。


「―――さて、私を必要としたのは貴女で間違いは無いですか、御嬢さん?」

小首を傾げたまま、そう尋ねるのは瞼を閉ざした一人の女性。
どうやら彼女の中にはもう検非違使の事など二の次となったらしい。

極限状態の中で張り詰めていた糸は彼女の声により途切れ、次いで審神者の涙腺は完全に崩壊した。

「ふっ・・・う、」
「さ、審神者様!泣かないで下さいぃぃいい、窮地を救ってくれたこの刀剣様にまずお礼を言わないと、」
「うぅっ、そ、だねぇっ・・・!!」
「別にかまいませんよ」
「ほら!この方もこう言っておられ・・・え?」
「あれほどの殺気を向けられたのですから、泣かせておいてあげて下さい、・・・と言いたいのですが。
まだ終わってはいないようですね」

瞼に閉ざされて見えない筈の両目がこの時鋭い光が灯ったような気がしたのは、気のせいか否か。



  ■■



三日月宗近は五百年以上経った今でも忘れられない存在がいる。


『・・・ああ、・・・あなたはその両の目に、その名の如く、月を持っていたのですね』

掻き抱いた細い体躯、急速に失われていく神気、指先から消えていく霊体。
寝かせてほしいと訴えていたその刀はひどく眠りが浅く、いつも眠たそうな雰囲気を醸し出していた。
そんな刀を、三日月はどうしようもなく構いたくなったのだ。

"見たくないものがあるから視界を閉ざした"というその刀は三日月宗近という刀さえも見たくないと言われているようで。

『鈍、』
『ふふ、・・・昼でも月が見れるとは・・・贅沢な、ものですね・・・』

頑なに両の目を閉ざしていた筈の彼女は最後の最期に、三日月を確かに"見た"。
三日月は彼女の冬の空の色を切り取ったような双眸をただただ見つめ返すしか無くて。

―――彼女の末期を、看取るしか出来なかった。


その時の後悔というのかわだかまりというのか、心の中にずっと住まわせていた三日月に乞われた願い。
歴史修正主義者という勢力を倒す事に力を貸してほしいというもの。
三日月はトアル本丸に分霊として降りてきて以来、出陣は勿論畑仕事や馬当番など目まぐるしく毎日を過ごすうちに政府から届いた一つの知らせ。

それを見た瞬間、三日月の中で何かが爆ぜた。
蒼く光る異形のモノ。
人間でもない妖でもないナニカ。

彼女を、あの刀を、躊躇なく殺して壊した、仇敵が、やっと、


いつもの好々爺とした笑みは既になく、其処にあるのは張り付けられた無表情のみ。
とりあえず検非違使とやらと戦えるのは明日以降。
今日は遠征で気を落ち着かせようとしていたのだが、天は味方をしてくれなかったようだ。


『っ第二部隊の皆様、早く本丸に御帰還を!
このままでは本丸が壊滅します!』
「は!?」

遠征の途中で聞こえてきた緊急信号。
こんのすけの声に交じって刀同士が交わる独特の金属音が聞こえてくるのを聞いて遠征部隊は全員ざっと血の気が引いた。

『今からゲートを開きます故、助太刀を・・・!』

その言葉を皮切りにゲートが開く。
誰もが主の無事を願ってゲートをくぐると其処はすでに本丸全てが戦場だった。

「加州!主は何処だ!?」

獅子王が叫ぶ。
鯰尾が近くにいた敵の短刀を葬る。
呼ばれた加州が何とか主の所在を矢継ぎ早に言うのと同時に三日月が走り出す。

「っ三日月!ひとりでいかないでください!
ぼくがえんごしますからつっぱしらないでくださいよ!!」
「今剣、」
「ほらみぎからてきですよ!」
「!」

今剣の指摘に三日月はほとんど条件反射で本体を振るう。
肉を斬る感覚と同時に血飛沫がかかるが三日月は敵が絶命したことを確認するとまた走り出す。



この角を曲がれば鍛刀部屋だ。

主の無事をひたすらに願いつつ、角を曲がると黒いナニカが目的の部屋から飛び出してきた。


「っ・・・!?」
「三日月!」

咄嗟に二人が刀を構える。
しかし三日月はそれを中途半端な形で止まってしまった。


しゃりん、

金属か何かが擦れる音がする。
それが鍔鳴りであると気付くのはもう少し後の事だが―――三日月にとってはそんな事よりも黒いナニカの方が何よりも重大だった。



たゆたう黒い髪。
赤い椿。
身の丈ほどある濃紺に金の蝶があしらわれた襟巻き。
黒の和服。

―――何故此処にいる。

―――もう会えないと思っていたのに。


「・・・"鈍"・・・?」

小さな呟きを拾ったのは、三日月の隣りにいた小さな天狗ただ一人だけだった。
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