漁から帰ってきたコウは網にかかった魚を丁寧にはずし、慣れた手つきできれいに捌くと、塩水に漬け、しばらくしてから川に面した家の裏手に広げて並べた。干物を作っているのだ。コウは存命の時の祖父をなぞるように暮らしていた。
 いつもの通り整然と並べた魚を前に、コウは微笑んだ。赤い魚が開かれて並んでいる様子はまるで、いつか大きな街に連れていってもらった時覗き見た呉服屋の店先だ。ひしめくきらびやかで鮮やかな衣装。鱗が光をはね返し、コウの見たこともないような色に輝く。見る位置によって複雑に色を変える魚たちは、自分の手に届かないほど高価な着物の柄にも適う美しさだと、コウはひそかに思う。
 鱗の美しさも、死んでいるようには思えないほどだが、ぎょろぎょろとコウのことを見つめる両の目も、未だ生きているように強い。しかし恨みを持ってコウを見上げているように思えないのは、開きにされた姿がひょうきんだからだ。双子の魚が背中合わせにくっついているみたいだ。このままの姿で海を泳いでいるところを想像し、コウはまた笑った。そんなくだらないことを、コウは毎日飽きもせず考えている。
 魚を並べ終え、コウは裏手を流れる川の向こうを見遣った。
 川の下流の方に、巨大な城がある。長い年月をかけて少しずつ建て増ししていった、いびつな城だ。
 城はコウの家のある側の対岸にある。こんもりと茂った山のような建物だ。城のように見えるが、実のところは妓楼である。建物自体が街も同然だから、遊郭と呼んでもいいかもしれない。
 もちろんコウはそんな場所に入れるような金も持っていないので、いつもそのそばを舟で通り過ぎるだけだ。
 だが城の噂だけならそこらじゅうを飛び交っていた。その断片を繋ぎ合わせ、コウはまるで城の中を見てきたかのように想像できる。
 城の大半の空間は細かく区切られていて、普通に泊まったり、女を買って入ることもできる。そんな部屋が横に縦に無数とある。
 それから食べ物屋がある。広い城のそこらに点在している。
 そして何百人も入るような大部屋がある。大広間では毎日宴会が行われている。宴会では城じゅうの遊女が集まって歌や舞を披露する。これが見ものなのだと、噂では皆口を揃えて言う。毎日祭りが開かれているような騒ぎなのだそうだ。
 たしかに時折、昼も夜もかまわず城からにぎやかな音が漏れ出てくるのを、コウも舟の上でよく聞く。どこまでも陽気で美しい音楽だと思う。しかし自分の住む世界とはあまりにもかけ離れているので、すぐそこで響いているのに異国よりもっと遠い場所の出来事のようで、だから現実味もなく感慨も湧かないのだった。
 城の女たちは舞や歌の上手さで順位づけされる。評価するのは客たちだ。たぶん、容姿や男あしらいの巧みさも評価に含まれるのだろう、とコウは冷静に考える。その順位によって女に割り振られる部屋が変わるのだ。順位が高いほど上階の部屋を持ち、天辺には最も実力のある遊女が鎮座する。
 嗅ぎ慣れた魚の生臭さを心地良く感じながら、コウは城の天辺を見上げた。増改築を繰り返した城の全体は、小さな舟をいくつも積み上げ巨大な船にしたみたいに、いびつな姿をしていた。その歪みを隠すように、壁や屋根はきらびやかな装飾に覆われ、魚の鱗のように輝いている。


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