12

 漁から戻ると、魚を干すのもそこそこに、コウは再び舟に乗り下流へと漕ぎ出した。ゆるやかに流れを割り、目指すのは城のふもとだ。懐にはいつもの通り、香を忍ばせている。あの流木で作った香だ。
 流木は既に半分ほど減ってしまっていた。あれと同じような流木がまた見つかるだろうか、とコウは不安に思った。今度海岸を探索しに行かなくては。
 しかしコウは焦っていなかった。最初に流木の香をヒメの元へ届けた帰り際、城に入ったことにより莫大な金を要求されるだろうかとコウは青ざめていたが、金を取られるどころか反対に手にすることになった。
 コウを城へ案内したあの細身の男は、コウに金の束を握らせると、さっさとここを去れ、という目でコウを見た。そそくさと退散し、走って無事に家にたどり着いてからやっと握りしめていた手を開くと、そこにはコウが何ヶ月かかけてやっと稼ぐほどの金があった。リャンに香を売っても、これほどの大金は得られない。コウはそれを空いている壺の一つに入れ、大事に取っておいた。
 細身の男に邪険に扱われたので、コウはもう城に呼ばれることはないと思っていた。しかしその予想に反し、何度かお呼びがかかった。そのたびにコウは流木で作った香を持っていき、最初と同じくらいの金をもらった。もはやコウは漁をする必要もないほど潤っていた。それでも習慣のように魚を取りつづけていた。
 コウはただ香を送り届けるだけで城をあとにすることはなかった。城を訪ねるといつも長い階段をのぼり、ヒメの部屋へ通された。コウはそこで毎回ヒメの相手をした。たいていは彼女と話をするだけだったが、体を触れ合わせることもあった。
 本来ならヒメへお目通りがかなうだけでそれなりの金が要るのだが、コウは何も請求されなかったし、むしろ香の分だけとは思えないくらいの金を得ていた。ヒメも暇ではないだろうに毎度のようにコウは会うことができるので、自分が金をもらえるのはヒメの息抜きに役立っているからだろう、とコウはうぬぼれそうになるのだった。
 コウの舟が城のほとりに着いたのは、陽がすっかり昇った頃だった。舟を人気のない場所に停め、静かに物陰へ移動する。
 城の裏手に、人目に触れぬようにして隠し扉がついていた。扉の向こうには城の天辺へつづく階段がある。コウは最近もっぱら、この隠し通路を使っていた。ヒメが時折ここを通り、スイに会いにくる通路だ。
 隠し扉にもたれかかり、スイが眠っていた。無防備にしていられるのは、目立たぬ場所だからだろう。
 コウがスイの体を揺すって起こすと、スイは一瞬警戒したような険しい顔をしたが、目の前にいるのがコウと分かると安心した笑みを見せた。コウはその柔い笑顔にほだされる自分を感じた。
 コウは懐から香を取り出し、少し選り分けてスイに差し出した。おすそわけのつもりだった。
 スイは、変なにおいとは言わなかったものの、すぐに高級な香には興味をな失くしてしまった。
 コウは肩をすくめ、代わりに干物を取り出してスイに与えた。やはりスイは食べる物の方が嬉しいようで、臭い干物を抱え、いいにおい、と満悦している。
 コウはスイの背後にある扉を開け、城の中に入った。スイはそれを黙って見送った。ヒメがスイに会いにくることはあっても、スイの方から城の内部に忍びこむことはないのだった。


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