身なりの良い男が、体の大きな男を伴い、コウの家の前に立った。客にしては剣呑な感じを漂わせていたので、コウは緊張しながら店先に出た。

――お前が作っているという香を出せ。

 官憲だろうか、と不安に思いながら、コウは奥から小瓶を出して身なりの良い男に捧げた。
 男は瓶の中身を一瞥し、鼻を近づけると、これではない、新しく作った香の方だ、と言った。
 そこでコウは大人しく、流木で作った香を持ってきた。

――それを持ってついてこい。

 すらりとした男は有無を言わせぬ口調でコウに告げ、大きな男とともにさっさと歩き出した。
 コウは、自分は何かへまをしでかしただろうか、取り調べられあらぬ罪を着せられ牢屋にぶちこまれるだろうか、と恐怖しつつも、どこか他人事のように思いながら、従順に二人について歩いた。
 橋を渡ってしばらく歩き、コウはいつの間にかあの城の前まで来ていた。いつも舟から裏を眺めるばかりだったので、コウは城の正面をもの珍しく見つめた。ひっきりなしに出入りする大量の客、客引きをする使用人、笑顔で応対する女などで、玄関先はごった返していた。
 細身の男は大きな男と城の入口で別れると、中に入るようにとコウを手招いた。押し合いへし合いしている人ごみをなんとか掻き分けると、人々の駆けずり回る広い空間の向こう、階段の下でコウを待っている細身の男が見えた。
 男はコウを先導して階段をのぼっていった。連れてこられたのが牢屋ではなく城だと分かり、訝しく思いつつも余裕ができたコウは、前を行く男に尋ねた。

――香のこと、どなたに聞いたんですか。

 男はちろりと横目でコウを見てから、またすぐ前に向き直った。

――街の金貸しだ。やつが捧げた香に、姫が興味を抱いたのだ。

 金貸しとはリャンのことで、姫は城の天辺にいる通称人魚姫のことだな、とコウは推測した。
 別に口止めしたわけではないから、香のことが他人に知られてもかまわない。しかしリャンは何でもべらべらと漏らす人間ではない。そんなリャンが、まだ試作品でしかない香のことを話すなんて珍しいことだ、とコウは思った。それとも、人魚姫にそれを聞き出せるほどの魅力なり権限なりがあるのだろうか。
 ずんずんと階段を突き進んでいく男に、何か質問や雑談をできる雰囲気でもなかったので、コウは辺りを観察することにした。
 なにぶん、城に入るのは初めてだったので、コウにとっては何もかもが目新しいのだった。街の人間全部を集めたほどの人がひしめいているのさえ、コウを驚かせる。和装・洋装、老若男女、きちんとした外見の金持ちそうな者から、ちんぴらのような者や覇気のない浮浪者風の者までいる。そこに時折、コウを連れてきた男のような城の使用人や用心棒も混じっている。噂に聞いた通り、食べ物屋が所々にあって、さながら祭りのようだ。
 川に面した窓には着飾った女たちが身を寄せ合い、外へ向かって歓声を上げながらしきりに手を振っている。何をしているのだろうと、コウは歩きながら首を伸ばした。
 川の上を滑る屋形船に大勢の人が乗り、窓の女たちに手を振り返していた。城の裏手にある船着き場に船が停まると、中から金や身分のありそうな人々がぞろぞろと出てきて、吸いこまれるように城へ入っていった。ときどき物陰から乞食が顔を出して金持ちたちをうかがい、金持ちたちは気まぐれに乞食たちへ金品を放ってやっていた。
 城の内側へ目を向けると、ひときわ広い座敷がコウの目に入った。噂に聞いていた、宴会の行われる大部屋だった。今も途切れることなく、祭りの真っ最中だ。
 宴会場は人がすし詰めになっているだけでなく、溢れんばかりの飲食物や、脱ぎ散らかした服などで収拾がつかないほどだった。舞台ではきらびやかに着飾った女たちが楽の音に合わせて舞い踊り、おひねりが喧騒とともに飛び交う。
 絶え間ない下品で性的な野次に、コウは耳を塞いだ。城の宴会場はこの世の天国なんて謳われているけれど、こんなの、むしろ地獄だ。コウは吐き気すら覚えたが、舞台に立つ女たちは投げかけられる賛辞あるいは罵倒にも動じず、晴れやかな笑顔と華麗な所作を乱すこともなかった。


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