死にゆく者たちは、苦しんで死ぬ前に「入眠」という制度を使うのが一般的になっていた。
 入眠というのはその名の通り、眠りに入ること。苦しみ意識が混濁する前に、二度と目覚めない眠りにつき、彼らは夢を見た。
 入眠者たち、彼らの誰もが夢を見ていた。それは入眠時の処置によるものだと考えられていた。
 脳波をはかると彼らが夢を見ていることは分かるのだが、どんな夢を見ているのかまでは分からない。
 非入眠者の中に、夢を見たとき、夢の中で入眠者たちが暮らす街を見つけた、という人々が現れた。彼ら入眠者は、夢の中で理想の姿になり、自由気ままに暮らしている、その上そこにはいさかいは存在しない、と都市伝説はまことしやかに言う。

 半年前に入眠した妹に続き、祖父も入眠した。祖父は老人によくある病で倒れたが、妹はまだ十四だった。不治の病と言われ、苦しみながら治療法を探すより、金のかからない入眠を、妹も両親も選んだのだ。
 ぼくは嫌だった。妹は祖父のように人生を全うしたわけではなかったから、苦しくても治療を諦めてほしくなかった。
 でもぼくの我が儘で妹を苦しませる選択肢を、ぼく以外の家族が選ぶはずもなかった。
 入眠者はほとんどが老人なので、数日か数週間もすれば自然に心臓が止まり、夢を見たまま亡くなる。
 だけど妹は若かったからか、半年経っても夢を見続けたままだった。
 ぼくはめったに夢を見ないけれど、疲れていたのか、祖父が入眠した数日後に夢を見た。
 見たこともない、きれいな町だった。それでいて懐かしい。今はあまり見ないアーケード商店街で、色とりどりの風船や旗がきらめき、広場には立派なからくり時計がくるくる動く。
 通りには人が行き交う。少年少女がいれば、壮年の人もいる。みんないきいきしていて、笑顔だ。
 向こうから手を振り近付く人がある。きれいなお化粧の若い女性と、それより少し年上の青年。どこか見たことがある面影だ。
 彼らはぼくの名を呼んだ。ぼくが首をかしげ、どこかで会いましたかと尋ねると、彼らは妹の名と祖父の名を名乗った。妹は夢の中できれいな女の人に成長し、祖父は若かった頃の姿になっていたのだ。
 お兄ちゃん、ここはいい所よ、私ずっと眠っていたいわ、と妹はぼくに言った。夢の中の住人と同じ、きれいな笑顔で。お兄ちゃんも早くここに来ればいいのに。
 ぼくは自分がこの夢から覚めるのか、不安に思った。






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