青い田んぼの真ん中に小学生の私が立っていた。
 私はそれを電車の窓から見た。長く伸びた鮮やかな稲に埋もれ、赤いワンピースの少女が立っていた。横に流れる景色のそこだけが切り取られて、子供の頃の私とそっくりな顔が目の奥に焼き付いた。
 瞬きすると既に少女は、ボックス席で私と向かい合わせに座っているのだった。
 伏せた目の端で盗み見ると、私の子供の頃そのものにも思えるし、それほど似ていないとも思える。服装だって、昔の私はこんなおしゃれなものなど着ていなかった。
 向かい合って黙ったまま数分が過ぎた。いやに車内が静かだ。外の景色は動いている。大きなオレンジの光が流れていく。まるで地下を走っているみたいだ。あるいは闇の中か。
 窓の外を滑る光をよく見ると、それは人の顔だった。覚えがあるような無いような、夢の中で会ったきりのような影が踊っている。走馬灯のようだ。
 車輪が線路を噛む音は相変わらず聞こえてこない。私たち以外、車両には誰もいないらしく、満たされない空気がかまいたちのように身を切る。
 目の前の少女が振ったドロップ缶のガラガラという音で、私はピアノ線のような静寂から解き放たれた。少女は赤いドロップスを桜貝のような掌にのせて差し出した。「食べる?」私は頷き、そっと指でつまみあげた。声を初めて聞いた。低くて綺麗な声。少女はまたドロップ缶をガラガラと振ってみせた。その音は消えた線路の音のBGMになった。
 走馬灯はいつの間にか白く光る花に変わっていた。百合のような形をしているが、木犀のような強い香りがここまで届く。甘い匂いを嗅いでいると、鼻が何を勘違いしたのか、お腹が空いてきてしまった。ドロップスはとうに口の中からなくなっている。
 胃をさすっていたのを見られてしまったらしい。少女は悟ったように笑み、赤いワンピースの胸のあたりに手を突っ込んだ。襟の部分からではなく、服越しにである。手首は生地をすり抜け、少女は心臓の辺りから赤く輝く一個の林檎を取り出した。
「食べる?」
 先程と同じ質問。提案でありながらその言葉には命令の響きがあった。私は食べないわけにはいかなかった。
 手に取ると、林檎はほかほかと温かかった。半分に割ると、それは焼き林檎だった。
 再び鳴り出した列車の音に顔をあげると、少女は消えていた。列車が急停止した。人身事故のアナウンスが流れた。窓の外の水田には誰も立っていない。




短編第98期投稿作品







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