彼女はひときわ肌の白い人だった。よく皆から「透き通るように白い肌だね」と言われたものだ。
 そしてそれは誇張した表現ではなかったらしく、ある時から彼女の肌は白というより透明になっていった。
 きっと陽にあまり当たらないから、体の調子がおかしくなったんだ、と思って外へ出ても、ますます透明人間に近付いていくだけだった。どういう作用か、彼女がその日着ている服まで、時間がたつと徐々に透けていってしまうのだった。
 そして最後には、前髪だけが残った。
 彼女の前髪はとても柔らかくきれいな栗色だったけれど、さすがに前髪だけが宙に浮いていると、誰でもぎょっとせざるをえないだろう。

 彼女は僕の幼なじみであり、透明になっていった当時は僕の友達の恋人でもあった。
 普段から顔を突き合わせている僕でさえ、だんだん透けていく彼女に面食らったくらいだから、彼女とたまに会う僕の友達はさらに衝撃をうけただろう。前髪だけになってしまった彼女を見て、あからさまに嫌な顔をしてみせた。
 そしてそれからしばらくして、二人は別れてしまった。別れた理由を、僕は幾分非難の色をにじませて友達にたずねたが、彼は悪びれずこう答えた。
「だって……顔も体も見えないじゃないか。キスをするにも手をつなぐにも不自由だ。それに、セックスの時だって、あそこが見えないんじゃ、どこに挿れたらいいかわからないよ」

 透明になってからの彼女は家にこもりがちだったが、近所の喫茶店ではたまに栗色の前髪が浮いているのを見ることができた。口のあたりに運ばれたカップから、コーヒーが器用に注がれ、彼女の中に入って透き通る。
「この店にはよく来るんだね」
 僕が話しかけると、彼女は沈んだ声で、
「外ではここしか落ち着ける場所が無いの」
と言った。
 僕は彼女を連れ出し、喫茶店の外に出た。
 僕は彼女の手があるあたりをさぐり、その手をとらえた。見えなくても、彼女と手を繋いでいると、その温度が感じられる。二人で並んで歩いていると、僕の隣でフワフワと浮いている前髪に、周囲の人々の目が引き寄せられる。
「ごめんね。私のせいで、皆にじろじろ見られちゃって……」
隣で彼女が消え入りそうな声で言う。
「全然気にならないよ。むしろ今、幸せなくらい」
僕はそう言ってのける。彼女の前髪に軽く触れながら、
「幸運の女神の前髪を、こんなに簡単につかむことができる」



短編第93期投稿作品







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