「虫の駆除をおこたっているのではないか?」
 館長がそう言って掲げた本は、僕が探していた物だった。
 ここはちょっと変わった私立図書館。僕の目の前にいるのは、見た目は若いが老成した館長だ。
 館長は掲げた本を開き、中身を僕に見せる。印字されたページは文章の体を成してはいなかった。
 字はところどころ欠けたりかすんでいる。おかしい、僕が読んでいた時はちゃんとした本だったのに。
「ちゃんと虫の駆除はしているはずですが……」
 僕は弁明する。虫とは本につく虫のことだ。この図書館に入りこむ虫は、紙ではなく字そのものを食べてしまう。
「しかし現に、こうして不完全な本がある。自由に読書をしてかまわないが、与えられた仕事はきっちりしておくれよ」
 館長は怒った感じではなかったが、しっかりと釘を差した。僕は多少の不満を覚えつつ、渡された本を開いた。
「あっ、ここにあったのか、栞」
 本の中ほどに、銀色の魚形の栞が挟まっていた。この間雑貨屋で買い求めた物だ。魅力的な店員さんがすすめてくれた、装飾の美しい栞。
 館長は僕から栞を取り上げ、観察した後、口端をわずかに上げた。
「そうか、これのせいか」
 虫ではなかったのだな、と独りごち、館長は説明した。
 本の中の文字を食べていたのは、この栞だったのだ。この栞は生きている。エサは印字や肉筆の文字だ、と。
 僕が驚いていたちょうどその時、誰かが図書館を訪れた。ゆるくウェーブのかかった黒髪の女性。僕が栞を買い求めた店の店員さんだ。
「お兄、本を借りに来たよ……って、あら、この前店に来てくれたお客さん」
「お前がこれを売ったのか。またやっかいな物を取り扱っているな」
 館長と店員さんが兄妹関係だったことに僕は驚き、成り行きを見守る。店員さんは栞を受け取り、
「あっ、これ間違えて売っちゃったやつだ。ごめんなさい。今度お店にいらっしゃった時、交換致しますね」
と僕に謝った。栞の中に、魔法のペットが混ざっていたらしい。
 本の中身が食べられてしまったことか、栞が変てこなペットだったことか、はたまた館長に妹がいたことか、どれに驚いて良いのか、僕はすっかり混乱してしまった。



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