「トム、……トム、起きて」
うっすらと目を開けると、こちらを見下ろしてくすくす笑う女と目が合った。
グリーンのネクタイに、プラチナブロンドの髪。
「ハンナ……?」
「珍しいわね、ソファで居眠りなんて」
身体を起こすと、周りにいた生徒達もおはようと、口々に声をかけて通りすがっていった。
随分長いこと居眠りをしてしまっていたらしい。
「起こしてくれてよかったのに」
「あんまりにも気持ちよさそうに眠っていたものだから」
僕らのやりとりに向けられる羨望の眼差しに気が付く。
それはどこからとも言い難いが、僕とハンナのどちらにも向けられているものだろうと想像がつく。
彼女は美人で頭もよく、何より純血の貴族だった。
彼女に向けられた嫉妬の視線は、彼女が勝ち誇ったような笑みで弾き返していた。ああ、楽だな。
「ねえトム、夕食がなくなっちゃわ? 行きましょう」
「そうだね」
微笑んで彼女の誘いに応じる。
ああ、楽でいい。
器量の良い彼女と居ると、それだけで僕に声をかけてくる女子生徒が少なくなる。
「あなた、すごく安らかな寝顔をしていたわ」
「そうかい?」
「どんな夢を見ていたの?」
「………少し、懐かしい夢を」
彼女は今どうしているだろうか。ハンナほどではないだろうが、そこそこの美人に育っているはずだ。
今頃どこかの男と、普通の恋人のように寄り添い合っていたりするのだろうと思うと胸のあたりがもやついた。
しかしその得体の知れない感情は、しばらくすれば薄れるもののような気がした。
「諸君。一旦食事の手を止めて聞いてくれるかの。――今日は我がホグワーツ校においてかなり珍しい、転入生を紹介したいと思うとる。さあ、扉を。」
ダンブルドアの合図で全員が大広間の扉を見つめる。
その扉は思いのほか勢いよく開かれた。
現れたのは、腰まで伸びた美しいブロンドの髪をなびかせて歩く女子生徒。その凛とした横顔に、生徒達の目は釘付けになり、誰一人として声を発する者はいなくなった。
彼女は数百人の生徒達の目に晒されていることなどこれっぽっちも気にしていないようだ。
メインロードを闊歩し、ダンブルドアの目の前まで行くとスカートの裾を持ち上げて恭しく一礼した彼女。
「ようこそ、ホグワーツへ」
ダンブルドアの声は歓喜に満ち満ちていた。それは、振り返った彼女の表情からも十分に感じ取れた。
「nameです。先日ようやく念願の魔法使いになれたばかりだけど、皆さん、どうか宜しくね!」
彼女は広間の隅々に目を走らせ、僕、――ハンナの呼びかけも無視して一人立ち尽くす僕を見つけると、これまでの花が咲いたような笑顔から一転、悪戯を成功させた時のような顔をして見せた。
彼女の口が、嬉しそうに僕の名前を形作る。
それはよくできた別れでした
「なに、してんの」
「へへ。会いに来たよ、リドル!」
「きみ……ほんとうにばかのままだ」
「嬉しいくせに。――ねえ、リドル。わたしと家族になろうよ」
一人で幸せになれないんだから、私たち一緒に幸せになればいいと思うんだ。
そう言って笑うその愛すべき馬鹿を、ぼくは広間のど真ん中で抱きしめたのだった。
160424 七歳なめんなend
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