その世界には闇の魔法使いもいなれば闇祓いもいない。デスイーターもディメンターも、例のあの人も、悪と名のつくものはなんにもなかった。


「というか、本当に何にもないな」
「ないですね」
「うん!今だけは、世界中にわたしたちだけだよ!」


そこは無限に続く花畑だった。
その中にぽつんと、白塗りの家があり、家具と寝具の揃った部屋がひとつあった。

ドラコとナマエとフィオレは、三人並んでウッドデッキに腰掛けていた。プラプラと足を投げ出しながら、ぼんやりと、肌にあたる風を感じる。


「これは夢なのか?」
「うん!」
「フィオレが創ったんですか?」
「そうだよ!わたしがつくったの!」

ドラコの記憶の片隅にあった知識が、ふわりと紙切れのように目の前に現れた。……本当に現れた。
それを手に取って読み上げる。


「トイ・ピクシー=v

フィオレはにこりとした。

「アルターナ地方の妖精で、普段は白い美しい鳥の姿をしているが、どんな生物にも擬態出来る。初めは幼生の姿で現れ、数週間で急激に成長する=v
「……じゃあ、もしかしてフィオレは」
「うん。私たちね、本当は妖精なの。遠くから、海を渡ってここへ来たんだ」

相変わらず足をプラプラとさせたままのフィオレは言う。ドラコは信じられない思いで、その紙の続きを読んだ。


「トイ・ピクシーは自分を育てた相手に夢を見せることができる。夢を見せた後はピクシーは次の相手を探さなければならない。幼生に戻る時には記憶もすべてリセットされ、もう二度とその記憶は…=c………どういうことだ、これ」
「…ごめんなさい、パパ」

フィオレは悲しげに俯いた。


「忘れるって、僕らのことを忘れるのか!?夢を見せたら次の相手をって……まさか、もういなくなるってことじゃないだろうな!!」
「フィオレ、……そんな」
「それにお前、あいつと、……ザビニの息子と約束してたじゃないか!あれは、どうするんだ」


フィオレは立ち上がっていきり立つドラコを見上げ、それから自分の耳にかけられた羽に触れた。


「あの時は、ほんとに忘れてたの。でも私、私の体の一部に触れたら思い出しちゃった」
「………フィオレ、この夢が終わったら、もう会えないんですか?私たちのこと、忘れてしまうんですか」
「……ママ、ごめんなさい」

ナマエはフィオレを力の限り抱きしめた。

トイ・ピクシーという悲しい妖精の生き方を想うと、ナマエの目からは涙が止まらなくなった。
一体これまでどれだけの出会いと、別れがあったことだろう。大切な人ができても、彼女たちはそれを覚えてすらいられない。


「ずっとここに居たらいいのか」

ドラコは言った。
それは現実味のない考えだったが、ドラコの心からは言葉が溢れた。

「この夢の中にずっと居たら、僕は君たちと永遠に一緒にいられるのか?
なら、そうしよう。他に欲しいものは何も無いんだ。僕は、ナマエとフィオレが居てくれたら……何も」
「ドラコ」

ナマエがドラコの手を握り、言葉を遮った。
そんなこと出来るはずないとドラコにも分かっていたが、願わずにはいられなかったのだ。

ぐっと口をつぐんだドラコに、ナマエは優しく、語りかけた。

「いい考えですね。そうしましょう」

驚くドラコから、驚くフィオレに顔を向ける。
「フィオレ」
いつも優しく、それでいて真面目で真っ直ぐな、母らしくない言葉に驚いたのだった。

「ここにはいつまで居られるんですか?」

しかしそれらは全て、自分に向けられた愛情の深さだとフィオレも気付いていた。

「……二人の、望むだけ」

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