「う゛ぉぉ……」

珍しく自分が起こしに行く前に身支度を整えていたザンザスを、独立暗殺部隊ヴァリアー所属・剣士スクアーロは驚きと戸惑いの眼差しで見つめていた。
当然、普段からかいがいしくモーニングコール役を仰せつかっているわけではない。昨晩「9時までに出てこなければ起こせ」と指定されたので来てみたまでだ。

「一体どうしたってんだ、ボスさんよぉ」
「車の用意をしろ」
「出かけんのかぁ?」

問いかけに答える声はない。
それが人にものを頼む態度か、と怒りを向けたい相手はとっくに部屋の外だ。
(珍しく急いでやがるな……)
スクアーロはしぶしぶ車のキーを取り出した。



表に車を回すと、遅ぇと一蹴される。みちりと額に青筋が浮かんだ。
「で、行き先は?」
「並盛だ」
「並盛だとぉ?!」

並盛といえばザンザスが最も立ち寄りたがらない忌むべき土地ではないか。

「沢田に用事か?急ぐならもっと速い車に変えてくが」
「沢田は関係ねぇ。とっとと出せ」
「あいつが関係ねえなら一体」

その時、プルルル、とザンザスの携帯が音を鳴らし、スクアーロは目をむいた。

「何だ」

(ワ、ワンコールで出た………だとぉ!?!?普段ディスプレイすら見ずに無視しやがるボスが!?)

「もう出た………あ?会わねェとはどういう意味だ」

(今日の相手か?!うっすら女の声が……いやまさかな。無ぇ無ぇ、あり得ねぇ。女のためにボスが早起きして自ら出向くなんざ……ああそうだ、何かの間違いだ)

「気分じゃねェ………だと」
(しかもとんでもねェ理由で断ろうとしてんじゃねェか!!ふざけんなぁ!!!どこのどいつか知らねェがザンザスの機嫌を損ねるんじゃねえ!!!)

「今から行く」
(断られてなお行くのかぁ!?!?!)

いよいよどうなっているのか、困惑を越えて、相当面白い状況になってきたスクアーロ。
彼はひとまず行き先や目的を尋ねるのを止めにし、並盛へとアクセルを踏んだ。


**

辿り着いたのはどこにでもある普通のアパート。ザンザスは車から降りると勝手知ったる様子で目的の部屋へと歩き出した。
スクアーロも後に続く。
辿り着いたのは二階の一番奥の部屋だった。

ドンドンドンドンドン。

「………」
「………う゛ぉい、合鍵とかはねェのかぁ」
「………」

ドンドンダンダンガン!!!

しまいにはドアを蹴飛ばしたザンザスが、最終手段だと言わんばかりに二丁の銃を取り出した。秒速で鍵が空いた。
誰かがドアの向こうに張り付き、おそらくスコープを覗いてこちらを見ていたことは彼らも気付いていた。
しかし中に立こもるそいつもまた強情なものだ。
ザンザスがドアノブを引くと中途半端な位置で扉が止まった。チェーンだ。

「オイ.....何の真似だ」
「帰って!!」

中からはやはり女の声がした。
酒焼けしたような声だ。

「今日気分じゃないって言いましたよね私」
「そんな理由で俺が納得するとでも思ったかドカス」
「いや思ってませんけどねぇ、せめて傷付いて屋敷に引き返すとかしてほしかった。普通家来る??」
「てめぇ如きドカスに何を言われても何も感じねえ」
「こっちが傷ついた」
「いいからとっととこの鎖を外せ」
「いやです」
「...........カス鮫、やれ」

長年の付き合いでさすがにザンザスの言わんとしていることの趣旨は理解した。
スクアーロが剣の一振でチェーンを断ち切る。

「あ゛あああ!!!敷金!!」

開け放たれたドアの向こうにいたのは、パジャマ姿で額に冷えピタを貼り、マスクで口元を覆った見るからに病人な女だった。

「も、も、もうううう……体調悪いから今日会いたくなかったのに!!」
「くだらねえ」
「くだらなくない!今やばいウイルス流行ってるの知らないんですか?」

ザンザスは喚く女の声を全て無視し、女の首を片手で軽く掴んだ。「え!?殺さないで!?」ガラガラ声で喚く女。
「……体温37.5。脈拍正常。扁桃腺に腫れ」
次いで、二本指を女の胸の中心に置く。
「呼吸」
「へい」
「………おい」
ザンザスが目を伏せたまま言う。
「心音が煩ェ」
「ぎゃーーー!言わないでぇ!!」
「肺に異常はねェな。いつもの風邪だ」

ザンザスは彼女の肩を抱くと玄関の中へ入り、肩越しに振り返った。

「医療部隊を送れ」
「は!?医療部隊!?いりませんよちょっと!」
「喚くなドカス」
「あの、そこの人!ほんとにいりませんからね!風邪なら寝てれば治るし!!」
「スクアーロ」

久方ぶりに名で呼ばれたスクアーロは。無意識に背を張った。
否、呼ばれたのではない。
ザンザスは彼女にスクアーロの名を教えたのだ。
それはすなわち、何かあれば彼を頼れという暗示に他ならない。

(こいつはマジだぜぇ)

ザンザスと一度視線を交わしたスクアーロは小さく笑った。
「邪魔したなぁ」
背にしたドアの向こうから、まだ彼女が無駄な抵抗をしているのが聞こえる。
(一体何がどうなってあんな普通の女を気に入ったのか、どうせザンザスからは聞き出せまい)

「楽しみができたぜぇ」

いつか女に会ったら根掘り葉掘り聞き出そう。
スクアーロはそう心に決め、今朝とは打って変わった上機嫌で車のアクセルを踏んだのだった。

**

「ザンザスさん」
「……」
「ザンザスさんってば」
「……何だドカス」
「退屈でしょう…?」

ベッドに横たわるなまえの、隣の椅子に座って瞑目していたザンザスが不機嫌そうに目を開けた。

「帰る気はねぇ」
「もう帰す気なんてないですよ…どうせ言っても帰らないし」
「なら何だ」
「ここ」

なまえは自分の隣を弱々しく叩いた。

「添い寝してください」
「襲われてェのか」
「いや死んじゃう」
「……襲わずに、横で寝ろってのか」
「はい」
「ひと月ぶりだと分かってんだろうな」
「そこをなんとか…」
「……」
「……」
「…ドカス!」
「やったぁ」
「治ったら覚悟しとけ」
「はい、楽しみ…です………すぅ」
「……」

もしもの時のためにスクアーロにこの家を知らせたが、間違いだったろうか。
ザンザスは内心で唸った。

(まさかこの俺が、こんな女に振り回されるとは)

そんな気鬱も、隣の間抜けな寝顔を見つめているうちに霧散する。
ザンザスは潔く思考を放棄した。
後のことは後で考える。
そう決めると、彼にとっては珍しい平穏とまどろみに、穏やかに身を委ねるのだった。


数分後、スクアーロの手配した医療班がドアから窓から雪崩れ込んでくるまでの話である。
 
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