「すいません、ローさん。わたくしちょっとばかし買い物に行って参ります」
「あ?今行っただろ」
「夕ご飯の食糧を買ってくるのを忘れました」
「俺も行く」
「ええええ!」
「不満か?この俺が付いていってやろうってのに」
「滅相もないですハイ!」
「待ってろ、着替えてくる」
せっかくローさんから解放される瞬間かと思っていたのに…!家でくつろいでいてくれれば良ものを。そんな心の声がローさんに届くはずもなく。
「行くぞ」
「あ。…着替えたんですね」
「ああ」
「にあ、似合ってます…」
「まぁな」
「と、ところで晩ご飯何か食べたいものありますかね」
「食えりゃ構わねぇ」
「そうですよね、じゃあ…肉じゃがでも」
「ニクジャガー…?」
「おいしいですよ。わりかし」
「そうか」
「……」
必死で目を逸らそうとした。夢だと思うことにした。だけどやっぱり無理だった。だって絶対現実なんだもん、ローさんの着てるTシャツのワンポイント…
あれクマちゃんだよ!!!
「…うん」
この際ローさんが自ら選んだであろうファンシーなクマちゃんがいるTシャツのことは忘れよう。うん、別に変と言う訳じゃない。ただ彼という人間を多少なりに知っている私としては若干ギャップに冷や汗を垂れ流していたというそれだけの話だ。
「で?ニクジャガには何を入れんだ」
「お肉とジャガイモです」
「そのままだな」
「あとはタマネギとかしらたきとか」
「あれェ?あそこにいんのなまえじゃね」
「え、2組の?」
ギックーン!この声は確か同じクラスの森沢さんと4組の田中さん。二人合わせてギャル子さんズ。今一番合いたくない人達、だ。どうしよう
大丈夫だ取りあえず気付かない振りをしてこの場を離れよう。逃げ際にお肉をかすめ取って野菜売り場に行けばいい。それがいい!そもそもなんでギャルがスーパーに出現してんだ全くもう。ゲーセンとかにいればいいのに。
「ローさん、行きま」
「何だアイツ等」
「うっわ、バッチリ目合わせてるこのひと」
「なまえ〜!」
「(げー!キタ)あ、お、おはよ」
「つかもう夕方なんですけどぉ、なまえ超ウケる!」
「ハハ…」
「てか誰ダレこのひと!なまえのカレシ??」
「え、か」
「ギャハハ!なまえに彼氏なんかできるワケなくね!?お兄さんとかじゃ」
「うぜェな」
「え」
「おれがこいつの彼氏だと、何か不都合があんのか」
「じゃあ森沢さん田中さんまた月曜日学校でねバイバーイ!」
ポカンとしている二人に一息で言いきってローさんの腕を掴み私は早足でその場を後にした。もちろん去り際に肉もひっつかむ。
「いきなり何言い出すんですかローさんのドアホ!」
「あ?」
「嘘ですスイマセンでしたドアホはこの私ですハイ反省してます」
いくらローさんがSの称号を掲げている超人だとしても今のは酷過ぎる。あの二人に知れるという事は即ち学校全体にバレるのも時間の問題で…
「はぁ…」
「そんなに嫌か」
「別に、いやじゃないです」
「そうか嫌じゃねぇか。だったら溜息を止せ、貧乏が移る」
「うつりません!」
――でも、嫌かと聞かれて嫌じゃないと応えたのは殆ど反射だった。
わたし、どうかしてる。玄関を開けながらそう思った。
「遅くなっちゃいましたね」
「さっさとニクジャガ作れ」
「へい…」
催促するあたり楽しみではあるらしい。そして私はローさんの命令口調にもすっかり慣れた。悲しきかな、順応の早さ。
「腹が立った」
「…減ったじゃなくてですか?」
「立ったつってんだろ殺すぞ」
「ひい!」
ローさんはアホな切り返しをした私を睨んでから溜息を吐く。
「お前に彼氏ができねーからどうのって言われて、だ」
「それでローさんがどうして腹を…?」
「んなもん俺が知るかよ」
「…わたしに彼氏ができないのは、わたしが極力男性を避けてるせいでしょうかね」
「避けてんのか」
「はい」
「俺の事も避けるなんて言い出した暁には死を覚悟しろよ」
「分かってますローさんは大丈夫です!…なんでか」
「それは結構なことだ。一つ屋根の下生活すんのに避けられちゃ敵わねぇからな」
「…うーん」
わたしが男の人を嫌いなのは変わらないのに、ローさんだけは大丈夫って、やっぱりおかしな話ではある。