電話に出てくれたはいいが、ローさんは始めの「ああ」以外一切話そうとしない。
私は、何度も言うが、ローさんが出てくれるとは思ってなかったため何の言葉も用意していなかったのだ。沈黙が耳に痛い。

「ロ、ローさん…いまどこにいるんですか?」
『…』


「なにか、あったんですか?」
『…』


「そういえば、慎太郎君、おこってましたよ」
『…』


「…」
『…』


「………ローさん…?」

あんまりにも返事がかえってこないものだから、そこにいてくれるのか不安になって尋ねた。私の出した声は、私の思った以上に不安げで細々しくて…少し焦った。

『なんだ』

長い沈黙ではなかったと思う。
ローさんの発した二言目の台詞は私の鼓膜をたしかに揺らした。
――たったひとこと。

でも十分だ。
ローさんの声は怒ってはいなかった。
それどころか、物語をかたってくれていた時みたいな、どこか優しさを孕んだ声。

私はまた視界が滲みだしたのを、瞬きで誤魔化してくすっと笑った。


「いい天気ですね」


私今授業をさぼってるんですよ。なんだか眠くって。そういえば、ローさんここでわたしの携帯折りましたよね。わすれてませんからね、私。


今朝ニュースで見たんですけど、来週は金環日食が見られるらしいですよ。しってますか?私は正直、何がどうなってああいう現象が起こるのかわからないんですけど…でもたのしみです。昼間なのにあたりが寒くて暗くなるんですって。動物がそこかしこで鳴くんだとか。

あつくなってきましたね。夏は空が高くみえませんか?


あ、どこかのクラスが体育をやってるみたいですね。黄色い歓声が聞こえます。
ローさんが来る前は、うちのクラスで歓声をあびているのは池山君だったんですよ。あ!だからローさんにつっかかるのかも。


――私はとぎれとぎれに。ゆっくりいろんな話をした。
ローさんは相変わらず黙ったままだったけど、本当にごくたまに小さく相槌を打ってくれた。
向こう側で小さく笑う気配がした。すると、私は嬉しくなってまた話し始める。


「……ローさん」

だけど、優しい時間の終わりを切り出したのは、わたしのほうだった。


「もしかして、私は、ローさんの枷ですか?」

『…、』


なんでだろう。
黙ったままのローさんが、息をつめたのが分かった。(…やっぱり、そうなんだ。)
それなら伝えたい事は決まっていた。

「ローさんは、ローさんの世界ではかかせない人です。」

「あなたがいないと、みんなが悲しみます。困ります。――針路を、失ってしまいます。…だから」

私といることがローさんの帰還を妨げているのなら…それなら、

「私のことは切り捨てていってください」

ローさんは低い声で告げた。「黙れ」。私が何か言葉を発する前に電話は切られてしまう。
(もしかして…怒らせた?)
どうしよう、とは思ったが、どうすることもできない。なんで怒られたのか、私にはわからないのだ。
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