「よく来てくれたわね。じゃあ今日から早速練習に入ってもらおうかしら」
「ほざけ」
「ちょ、ローさん!初対面!もっとオブラートに」
「あら、あなたに拒否権なんてないのよ」

先程とは変わって、ジャージ姿で首にホイッスルをぶら下げた…たしか、七瀬先輩はどうやらマネージャーをしているようだった。

「どういう意味だ」
「私、暫くあなたのせいで眠れなかったの。責任取って頂戴?」
「!!ロ、ローさんあなたやっぱり」
「誤解するな斬るぞ」
「ひい!ごめんなさい!」
「それよ。」

先輩は人差し指を立てて言った。
…ソレ?

「あなた、本当に『斬る』でしょう」

私は先輩が何を言わんとしているのかいまいち良く分からなかった。分からなかったけど、分からないなりに嫌な予感がしたのだ。
しかしローさんは平然としらをきった。

「俺は一般人だぞ。斬る、なんざ脅し文句で言えても実行できるわけねぇ」
「そうですよ…?何言ってるんですか」
「何故隠すのか知らないけど、今更あなたが一般人だなんて信用できないわ。…だって、見たもの」
「見たって…一体何を」

私が出した声は思いの外震えていた。先輩は私が聞き逃さないように、しかし静かに告げる。

「トラファルガー・ロー。あなたが人を斬るところ」


ーーーーーーーーー

学園祭の打ち上げを終えた帰り道の事だ。再来週に控える夏大会の事を考えながら家に向かって住宅街を歩いていた七瀬は、曲がり角を曲がったところで声を耳にした。

「トラファルガーはあの家にいるんだな」
「らしいですぜ」

トラファルガーという不思議な名前には聞き覚えがあった。
最近2年生に転校してきた、顔が良いと噂の転校生だ。

「チャイム鳴らして、出てきたら斬れ」
「殺しちまっていいんですかね」
「ああ、構わねぇらしい」
「!!!」

どうやら只事では無さそうだ。七瀬はブロック塀に背中を張り付けたまま、角のあちら側を少し見てみた。

「!!」

何と剥き出しの日本刀を手にしたヤクザのような男が、一軒の家の前に立っているではないか。
もう一人の男がチャイムを押す。(これは、まずい…!!)七瀬が声を上げるより先にドアが開き、開けた人物にむかってその刃は振り下ろされた。

「初対面の相手に、なかなかご挨拶だな」

酷く落ち着いた声は痛みに掠れる事もなく、彼はかすり傷一つ追わずにそこにいた。
そして一閃。
彼によって生まれた一太刀は男の胴を見事に断ち切った。

ーーーーーーーーー

「と、いうシーンを成すすべなく見つめていた私はショックで睡眠不足に陥ったってわけ」
「成程な」
「なるほどなじゃないよ!何してんのローさん!?」
「別にくっつけたんだから文句を言われる筋合いわねぇ」

ローさんが悪魔の実の能力で人を斬ったりくっつけたりできる事は知っている。
(朝起きて自分の腕が落っこちてた時は本気で気絶しかけた)そう、体験済みなのだ。

「そうね。斬ってくっつけたシーンも見たわ」
「違うんです…違うんです七瀬先輩!実はそれはマジックで…」
「良いのよ別にどうでも」

七瀬は黒い髪をなびかせると、溜息を落とした。

「マジックでも超能力でも何だっていい。私が見込んだのは彼の反射神経と太刀の鋭さなんだから」

ローさんはほうと口端を上げた。たくらみ顔だ、そう認識して私は一気に疲労を覚えたのだった。

「あなた達二人の様子からして、この事は誰にも秘密なんでしょう?」

そりゃあ秘密だ!ローさんが異世界から来た事も、その能力も、同棲してる事も。
だってもしこれが公になったら学校で噂になるレベルの話じゃない。今のハイテクなネットワークによってローさんは色んなメディアに追い回されることになるだろう。
そうしたら元の世界に帰る手段を見つけるどころではなくなってしまう。

「ああ、そうだ」
「幸い私は誰にも喋ってないわ。もし協力してくれないというなら…」
「この俺を脅すか」
「私達も切羽詰まってるのよ」

私は、お互いの手の内を探り合うように視線を絡めあう二人をハラハラしながら見つめていた。
そして七瀬先輩は最後の切り札を私達の目の前にチラつかせる。

「この世の謎は数多くあるわよね」
「…」
「私の知り合いにそういうのに詳しい人がいるの。
 試合で勝てたら、そこへ連れて行ってあげる」

七瀬さんが、人を斬ってくっるけるローさんを見てもそこまで驚かなかったのは(いや、少しは驚いただろうけど)そう言う人物が近くにいたからだろう。
それを聞いた瞬間、私は勢いよく頷いた。

「やります」

何の手がかりもないままこれまで過ごしてきた。

「…おい」
「やりますよ、ね?ローさん」

表には出さないけどローさんもきっと焦っているはずなんだ。
だからあちらの世界からきた新聞や手配書を食い入るように眺めていたし、そこから何か一つでも情報を得たかったに違いない。
今は藁にも縋りたかった。

ローさんは私を見つめ、ひとつ頷くと私の頭に手を乗せた。
大きな手のひらにどうしてか泣きたくなった。

「やるなら、大将以外は認めねぇぞ」

こうしてローさんは我が校の剣道部に仮入部することになった。
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