「おじゃましましたー!」
「ああ、帰んのか」
「ええ。ローくん、なまえを宜しくね」
「…ああ」

意味深に笑った愛子を見送ったローは、一度リビングに戻り、テレビを消してから階段を上った。
しかし部屋の取っ手に手をかけ、動きを止める。

「……」

部屋の中からわずかに、鼻をすする音が聞こえた。嗚咽も少し。(泣いてんのか)
しばらくドアの前でそうしていると、ブーン!と鼻をかむ音がして(汚ぇな)
バチンと何かを叩く音。ローは口元にわずかに笑みを浮かべて、取っ手を回した。

「調子はどうだ」
「ローさん」

赤い目をこすって微笑むなまえの頬は少し赤くなっていた。おおかた、自分で気合を入れたんだろう。何に対してはさっぱりだが。

「プリン、愛子が買ってきてくれたんです」
「良かったな」
「ローさんの分もありますよ」
「へえ…気が利くな」
「愛子に、」

「愛子に佐竹君の話を聞きました。佐竹君
 学校、辞めちゃったって」

ああ、これか。俺は無意識のうちに手を伸ばして、なまえの頭を撫でた。

「お前の所為じゃねぇだろ」
「勿論、それは、そうに決まってます!」

なまえはスンと鼻をすすった。
ローは目ざとく気付いて意地悪く尋ねる。

「泣いたな。アイツの為に…?同情でもしてるのか」
「してません!そりゃ泣きっ……ました、けど、これは」
「これは?」
「…餞別!」

潔く言い切ったなまえに、ローは思わず吹き出した。せんべつ…か。そう来るとは思わなかった。

「強くなったな」

なまえは一瞬口を噤んだ。
――強くなった…?
おれは自分でも、実感していた事である。

「そうなら…ローさんのおかげです」
「馬鹿言うな。俺はそんな大そう事をしたわけじゃない」
「ローさんにとっては、そうでしょうけど」

私にとっては、そうじゃない。

「ローさんの話を聞いているとね、自分も一緒に冒険している気分になるんです」

広い広い海の上を船で突き進んで
見知らぬ島に上陸して
敵と戦ったり
お宝を見つけたり

「胸がどきどきって昂揚して、たまらなく嬉しくなるんです」
「嬉しく…?」
「だって私、自分がこんなにわくわくできるなんて知らなかった」

遠足や運動会や学園祭なんかもワクワクするけど、そんなの比じゃない。

「冒険の話を聞いていると、私のいる世界ってちっぽけだなぁ。ここで悩むなんて、何だか勿体ないな…って気がしてきちゃって」
「成程な。だが」
「…?」
「気合の入れ方はもう少しマシなのにした方がいい。あれじゃ女らしさが一つもねぇ」
「きあい……って見てたんですか!?今の」
「見てたんじゃねェ。聞こえたんだ」

項垂れるなまえだったが、直ぐに顔を明るくさせてローに向けた。

「…お話が聞きたいです!」
「まだ昼だぞ」
ローが話をするのは夜、寝る前と決まっていた。なまえはごにょごにょと口をとがらせて言う。

「今日は…風邪ひいたから、特別に……ひると、夜にも」
「どんな理由だ」
「ぐっ…だめですか」
「ダメとは言ってねェ」

なまえのベットに腰かけたローは深く息をついて思った。――つくづく、俺も甘いな。
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