ローさんが教室に入った瞬間の女の子達の歓声はもう「え?どっかの芸能人ですか?コンサートですか?」くらいのもんだった。
明らかに午前の部よりも客数が増えているのは、山本君の宣伝効果のせいだろう。
「別れるぞ、なまえ」
「はい」
スタッフはお客さんのオーダーをとるのと、少しお喋りするのが仕事だ。
スタッフ(男子)は女性客のオーダー。スタッフ(女子)は男性客のオーダーをとるのが決まりである。
「変なことされたら呼べよ」
そう言い残してローさんは身近なテーブルへと歩いていった。
「なまえ、あんたスタッフだったっけ?」
「あ、愛子。さっきのケツアタックはあんまりだよ」
「わざとじゃないわよ」
愛子はケラケラ笑いながら、教室の端を指差した。
「あそこのお客さんのオーダーとってきてくれる?」
「う、うん」
「精々猫かぶんのよ!収入第一!」
「声がでかいよ」
私はメニューを持って、男性客二人の座る窓側の席へ向かう。
あの、と出した声はかすれていた。ローさんやクラスの男の子となら普通に話せるのに、知らない人となると途端にこれだ。
やっぱり断ればよかった…。そう思いかけた思考を無理矢理振り払う。――これは男嫌い…いや、人見知りをなおす絶好のチャンスだ!
「あ、あのう……」
今度は気が付いてくれた。話に興じていた二人は顔をこちらに向けた。や、やばいアレ…なんて言うんだっけ。メニュー?あ、あそうだメニューだ。
「ご、ご注文、おきまりにまりなっ、しらたら…??」
何か分かんなくなってきた。二人はぽかんとこっちを見ている。
やり直しだ!深呼吸、すーはーすーはー!
「ご注文、お決まりになりましたら、お呼びください」
よっし言えた!
ペコリと頭を下げてメニューを渡す。
「あ、ああ、注文ね」
「今決めまーす」
なんて言うんだろう、この、勉強一切無しで海外に行った日本人の言葉が現地の人に伝わった時のような喜びは。
感動に身を浸すうちに、彼らはメニューを決め終えたようだ。
「サンドウィッチセット1つ。飲み物はコーラで」
「俺も同じの。飲み物は…メロンソーダ」
「かし、っ」
「「(絶対舌噛んだ!)」」
「か、ひこまりました(いってー!いってー!)」
**
「お待たせしました。えー…サンドウィッチセットお2つ、コーラとメロンソーダです」
「あ、どーも」
二人のテーブルに品物を置き終えると一気に肩の荷が下りた気がした。
こちらを見つめる二人に、なまえはきょとんとした。
「座んないの?」
「え、あ!」
そうかあああ、お喋りもしなきゃいけないんだー!何の練習もしてないよコレ!慌てて向かいの椅子に腰かけながら内心冷や汗がハンパじゃない。
「それで?海賊さん、俺達に何か質問は?」
「し、質問?」
向かって右側に座る眼鏡のオニイサンは爽やかに問いかけてきた。
「(質問、質問質問……)あ、えー、じゃあ……好きな色は?」
言った瞬間吹き出された。
あんまりだ、思わずビクッとなってしまった。
「ひー、おっもしれェな、好きな色聞いてどうすんだっアンタ、はは」
向かって左側の金髪のオニーサンは机をバンバン叩きながら笑っている。メガネさんに至っては笑い過ぎて声も出ない様子だ。
初対面の相手にここまで爆笑されたのは初めてだ。
「いや、暇つぶし気分で来てみたが、正解だったな」
コーラをひと口飲んで落ちついたらしいメガネさんは、目尻の涙を拭って自己紹介を始めた。
「南大の藤堂だ」
「俺は永谷、よろしくな、海賊姉ちゃん」
記念すべき初のお客さんは、大学生の二人でした。