「ところで、お前、男嫌いはいつからだ」

私はあんまりにも唐突なローさんの問いに一瞬たじろいた。い、いきなり何だ…。そちらに顔を向けてみても、彼はコーヒーをすすりながら新聞を読んでいるだけ。

「男嫌いといいますか…人見知りといいますか…」
「どっちでもいい。いつだ」
「……中学1年の頃です」
「成程な」

意味深に頷いてローさんはまた口を閉ざしてしまった。私は深く聞かれなかった事にこっそり安堵し、彼の向かいのソファに腰を下ろした。

「何か面白い記事でもあったんですか?」
「いや、特に」

特に、と言う割にはかなり真剣な目で文字を追っている。
それなりに気を引く何かがあったようだけど、今話しかけたら邪魔になるだろうから大人しく黙っている事にした。

「…無言で見つめるな。気が散る」
せっかくの親切は不発に終わった。たいへん不本意である。


「…ローさん」
「何だ」
「暇、です」
「そうか。お気の毒に」

自分な登校拒否させたくせに私の事はほったらかしですか!もう!自己中なんだから!私の怒りが吐き出されることはない。なぜって怖いから。
それにしても暇だ。
お皿洗いは終わっちゃったし洗濯は回してるし、この時間はおもしろいテレビもない。


「ローさんの話、聞きたい」

無意識に零したささやかな主張。ローさんは、ぴくりと肩を揺らした。
彼は普段怖いくらいは思慮深い人だ。かと思えば、おもしろいくらい単純な時もある。例えばこういう時。

「その日の海はえらく静かで、俺達は海中を進んでたんだがな…」

冒険の話をしている時、海の話をしている時、むこうの世界の仲間の話をしている時、ローさんの目は懐かしむように細められる。
だから私はいつの間にか、この時間が好きになっていた。

別世界の、見たこともないたくさんの景色や、会ったことのないローさんの仲間達を想像しては胸を高鳴らせる。すごいなぁ、そんな毎日なら、きっと楽しくて、
そしていつも、ある結論に行き着くのだ。

(ローさん、早く帰りたいだろうな。)

「ねえ、ローさん」
「あ?」
「あちらに帰ったら、一番に何がしたいですか?」

ローさんは一瞬考えたように押し黙り、やがて肩をすくめた。

「したいことは特にねェ」
「え?な、何で」
「戻ったら今まで通り航路を進むだけだ」

それはそうだろうけども。言い淀んでいると、ローさんは「ああ、強いて言うなら」と言葉を付け足す。
しかし私はローさんの表情を見て、その言葉が付け加えられたものなんかではなく、彼が一番望んでやまないものなのだと気付いた。だって、

「海が見てぇ」

その言葉は、あんまりにも優しく声にされたから。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -