――「前に少し話した"グランドライン"を覚えてるか?」
――「山を越して渡る、海のことですよね」
――「ああ、そうだ。
まだグランドラインに入りたての頃、俺達はとある島に船を停めた」
ジーワジワ
ジーワジワ
「キャプテーン!」
「この島、住民が一人もいねェ!」
「こっちもだ!」
「人の影も見当たりゃしねぇや…ひょっとするとここは」
「無人島…か」
船に見張りを数人置いてローは残りのクルーを浜辺に集めた。食糧班と探索班を適当に振り分ける。
「探索班は島の反対側に回れ」
「はい!」
「キャプテンはどうすんすか?」
「…俺もその辺を調べる。何かあったら銃声鳴らせ」
刀を担ぎ直してから青々と茂る林に足を向けた。さっきから自分達を伺う、その視線が鬱陶しくてしかたなかったからだ。
「そこに居るのは、誰だ」
――「その時、茂った草の隙間からこちらをじっと伺う目を見つけた」
――「!!」
その目と暫くの間見つめ合い、先に動いたのはあちらだった。
ザッと大きな体で飛び出して俺の真ん前まで迫って来ると、そいつは両腕を大きく広げて口を開いた。
「は、早く出ていかないと食べちゃうぞー!!」
「……」
しばしの沈黙があったのは言うまでも無い。目の前に両腕を広げて立っていたのは、台詞とは反対に愛らしい顔をした小熊だったからだ。
「…お前、喋んのか」
「しゃべれてすいません…」
その上、その小熊はえらく打たれ弱かった。
――「う、打たれ弱くて喋る白くま…ですか」
――「ああ」
「ということでお前ら。今日からこのクマもクルーだ。仲良くやれよ」
「キャプテェエエエン!!!」
「何だよ煩ェな」
「すいませ…違、え、クマ……クマっスよ!?」
「クマですいません…」
「いや別にお前は悪く…喋ったァアア!」
「喋れてすいません…」
「しかも打たれ弱っ!」
「ベポだ」
え?白クマ含む全員の視線を浴びながらローはゆっくりと確かめるようにもう一度呟いた。
「そいつの名前は、ベポだ」
やがて名前を貰ったと理解したクマ、ベポは目を輝かせて「アイアイキャプテン!」と飛び上がってみせた。
クルー達も肩をすくめ、互いに顔を見合せながら仕方なさそうに笑う。
「いいかぁ?クマ!俺達はハートの海賊団だ」
「…ハートの海賊団?」
「ああ!俺達のキャプテンは5000万の大物ルーキー!志も本物だぜ」
「お前さ、ほんとイイ人に拾ってもらったなクマ!…ペコ!」
「バッカ、ベポだろ」
「そうだそうだ」
「ハートの海賊団へようこそ、ベポ―――――!」
「すごく、素敵な船員達ですね」
「…バカばっかりだ」
「本当に凄い!ローさん達は旅の数だけたくさんのことを知ってるんですね」
先程しきりに怯えていたなまえの気を逸らすことには十分成功したようだ。ローはひとり、笑みを浮かべた。
「…まァ、そうなるか」
「もっと聞かせてください」
「フフ、そうしてやりてェが…見ろ。この時間だ」
時刻はとうに二時を回っていた。
「明日もガッコウとやらがあるだろ」
「…うん」
「しかたねぇ。これから毎晩、少しずつ俺達の旅の話をしてやるよ」
お前がまた怖い夢でも見ねェように、とそれは敢えて言わなかった。忘れている事をまた思い返す必要もないだろうからな。
「ほんとですか!約束ね、ローさん」
「ああ。約束だ」
交わした指きりはやけに久しぶりで、少しだけ懐かしくなった。