ほんとに、ほんと――――に、大丈夫なんですね?
玄関先で交わされたもう何度目にもなるその質問にローはややうんざりしたように答えた。
「大丈夫だっつってんだろうが殺すぞ」
「ひい!怖!」

このやりとりも、もうこれで三度目である。

「それじゃあ、わたし行ってきますから…戸締まりと火の始末には用心してくださいね!」
「ああ」
「セールスの人が来てもあんまり驚かせたらダメですよ」
「分かってる」
「それと…」
「まだ何かあんのか」
「――…冷蔵庫の中に、昨日作っておいたプリンがあるので、その」
この流れで言うのもどうかと思うけど、などとゴニョゴニョ告げるなまえ。
「……クク」
ローはぽんとなまえの頭の上に手をのせて笑った。
「在り難く、食っとく」

なまえも満足げに頷いた。
この二人の関係に形作られている奇妙な信頼関係のようなものに、二人とも薄々だが勘付いていた。

「行ってこい。」
「…はい、行ってきます!」
しかしそれを厭う気もあまり生まれない。
久しぶりの「行ってきま」すと「行ってらっしゃい」に、なまえは玄関を出てからほんの少し泣きそうになった。


**


おはよう、斜め前の席に座る小学校からの友達、愛子に声を掛けると「アンタ何疲れきった顔してんの」開口一番そう言われた。え、そんなに?

「バックに死神とムンクのコラボが見える」
「あわや大惨事!」
「それで。この土日に何かあったの?」
「まあ、色々と…」


まさか朝起きたら異世界から来た海賊のお兄さんが隣に寝てたなんて言えない。
そこは適当に笑って誤魔化しておいた。


「お前達席につけー!」

教室前方から姿を表した我がクラスの担任。通称「メタボ大島」由来はご想像のままに。
メタボ大島の太い声に一瞬静まった教室だが、彼の後ろに続いた人物にクラスはざわめきを取り戻す。ガタタン!何かが大きな音をたてて倒れた。わたしの椅子だ。



「な、ななな…何で」


ツンツンと無造作に跳ねる深い紺色の髪
両耳に光る金色のピアス
学生らしからぬ刺青
鋭い瞳を縁取る、不健康そうな隈
猫背気味の全身が纏う妖しげなオーラ

そして

「トラファルガー・ロー。以後よろしく」

企んだようなその笑みは、私がもう何度も見慣れたそれに違いなかった。





「あー!!!」
立ち上がった私に次いで声をあげたのは、例のギャルっ子コンビの片割れである森沢さん(田中さんは4組)だ。ひやり、背中を嫌な汗が伝う。


「この前スーパーで会ったなまえの、」
「あぎゃー!」

こんなとこでそんなことを言われたら私のやんごとなきスクールライフが終わるのは目に見えている。
必死で止める私を、教卓の前でニヤニヤと見つめるローさん。暇潰し、とはこの事だったのか!


「何だ、知り合いか?」
「ししし…知り合いというか、えーと」

同居してます。
 …言えません。

「近所に住んでる」とここで助け船を出したのがローさんだ。助け船も何も事の発端は全て彼にあるのだけど。

「成程な。じゃあー…とりあえず、トラファルガー君の席だが」
「大丈夫です」
「へ?」

間の抜けた声を返す(メタボ)大島先生を見事なまでにスルーしてこちらに歩み寄ってくるローさん。大丈夫って何だ!
カツカツカツ、ぴた、ガタン。
効果音のみで言うとこんな感じだ。ここで説明を入れるとすれば、窓側の一番後ろの席、世間一般の転校生席に着席していた私の隣の空席に、ローさんは誰の許可も無くまた他人の目も知らず腰かけたわけだ。
お、恐ろしい子…!

「近くの場所に住んでる。これで、近所、だ」

間違いじゃねェだろう?私にだけ聞こえる声で尋ねられて目眩がした。私が気にしてるのはそこじゃないんだよ。気付いてください!
恐ろしく似合うその制服はどうしたのかとか、入学手続きがどうとか、数えきれない疑問の中で際立っていたひとつ。


「私に迷惑掛かることしないって言ったじゃないですかぁ…!」
「俺と始終共に出来ることが迷惑とは言わせねぇ。」
「俺様!」
「"この上ない至福です"…ほら、復唱だ」
「おにー!」

以上超小声で交わされた会話。
神様、わたしなんだか人間不信になりそうです。
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