成績優秀。容姿端麗。スポーツ万能。才色兼備だと囃されるあいつは、誰とも滅多に口を利かなかった。

「なあ。」

「何?」

「お前、好きなもんは」

「秘密。」

ちなみに秘密主義。
クールなキャラを気取っているとクラスメイトの奴らが勘ぐっていたのは最初の1ヶ月間だけ。1年も経てば、誰もがそれがキャラ作りではなく彼女の素なのだということを理解した。俺も。

話しかければ応答する。無視はしない。
必要な会話は必要なだけきちんとしていたし、愛想は無かったが真面目で責任感は強かったため、言われた仕事は全てこなしていたように思う。
俺は丸々一年。そんななまえを傍で眺めていた。
テキトーにあしらわれようが別にどうでもよかった。
俺の興味をそそる存在は、高校に入ってから唯一コイツだけだったから。


「なまえ。」
久しぶりに話しかけてみれば、案の定な返答が戻ってくる。

「何?」

「お前の好きな食いもんは?」

「…秘密。」

「林檎だろ」

「………知っているのに聞いたの?」

「へえ、当たりか。」

「…」
なまえの驚いた顔が新鮮で、俺はくつりと喉で笑った。直ぐに無表情に戻ったなまえは心なしか不機嫌そうだ。

「他に用は?」

「別にねぇ」

「そう。」

再び顔を黒板に向けたなまえの腕を掴む。なまえは驚いたように瞬きをして俺を見た。
怪訝そうな顔をされると思った俺は内心で首をかしげたが、特に気にせず掴んだ腕を軽く引いた。俺は少し腰を浮かし、なまえの頬に唇を当てる。


黒板に数式を連ねている教師。
それを写すクラスメイト達。
一番後ろの席にいる俺達の、たった一瞬の出来事なんて、誰の目にも映っていないだろう。

「フランツ・グリルパルツァーだ。お前なら意味が解るだろ」

手を離して小さく告げると、なまえは何事もなかったかのように前を向いた。
――これでも動じねぇか。
つまらねぇ。次は…
と考えを巡らせたところで、なまえがもう一度こちらを見た。


「…どうした?」

「親切心で…したのなら、」

なまえは一度言葉を切った。
適切な言葉を探しているような沈黙を、俺は黙って待つ。

「……それは、とても意地が悪い」

思わず言葉を失った。なまえの視線はいつものように俺を見てはいない。――うっかり上がりそうになる口角を押さえて、俺はもう一度腕を伸ばす。


「…俺は、ここでもよかった。」


形の良い滑らかな唇を、触れずに示す。なまえは今度こそ瞳を困惑に揺らして俺を見た。
その頬に差す僅かな赤みに気が付いたのは、なまえがふいと前を向いてしまったその後だ。

「…」

「…」

「…フフ」

「…何」

「なあ」

いいのか?

俺はこう見えて他人の感情には敏くてな。
お前なんか普段が仏頂面だから、分かり易くてしかたねぇ。

そんな反応されたら、期待するだろ。


「…放課後、一緒に帰るか?」

憂鬱のジェントルマン
長い間の後ささやかに頷いた彼女を見て、柄にもなく胸が鳴った
1070000hit ローとクールな女の子
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