薄暗く密閉された空間に、三人はいた。


「聞いていいか」

混沌とした空気の中。キッドは白い顔を普段よりさらに白くさせて口を開いた。

「聞かない方がいいんじゃねぇか?」

ゆるやかな沈黙の後、ローは首を振る。

「あ!お前ら!生きてたのか!」

空気を無視してケラケラと笑うルフィ。
三人は同じ高校の体操服に身を包み、さっきまで校庭でサッカーの熱戦を繰り広げていた。どこにでもいる普通の高校生。――――――だった。今に至るまでは。


「確認するぞ、トラファルガー。」
「そうだな。状況整理だ」

二人は頷き合うと、数メートル上にある穴の入り口を見上げた。

「俺達はサッカーボールを追いかけて、学校脇の神社の敷地に入った」
「おれが蹴ったんだよなー!ははは!すっげ飛んだな!」
「笑い事じゃねぇぞバカルフィ!」
「そして、神社の裏手に回った時、俺は古びた標識を見つけた」
「「…標識?」」
「お前らは見てないはずだ。なぜならおれがそれを見て首をひねってる間、落とし穴に落ちかけてたんだからな」
「結局落ちたんだよな!はっははは」
「テメェが俺を掴んだせいだろうが!!」
「ユースタス屋こそ俺のフード掴みやがって…!おかげでこの様だ。」


三人の落ちた落とし穴は、深さもそこまで深くなく、それでいてもう2、3人入れるほどの広さがあった。しかし、どこにでもあるそれとは決定的に違うものが、ひとつ。


「ローの見た標識、何て書いてあったかおれなんとなく分かるぞ!」
「あァ。…俺もだ」
「……だろうな。そこに書いてあった文字は、こうだ。」


「「「前世を思い出す穴」」」

三人は学生である今の記憶のその向こうに、「海賊」として海を渡っていた大過去の記憶を取り戻していたのだった。






「こんな事が有り得るなんざ信じられねェな」
「グランドラインだ。何が起きてもおかしくない」
「いやここグランドラインじゃねェだろ!」
「なー。これって穴出たら記憶なくなんのか?」
「さァな…出てみろ麦わら屋」
「おう!!ゴッムゴムの〜………。あ!腕伸びねェんだった」
「能力は置き去りってわけか」

はあ、と溜息を吐いたロー。


「……ユースタス屋。お前は新世界で死んだのか?」
「ああ。テメェ等だってそうだろ」
「まァな…」
「俺はあんま覚えてねーけど…。そういや皆今、どうしてっかなー」

ルフィはゾロやサンジ、仲間達の事を思い浮かべた。
それから…―――


「……こんな穴、ねェ方がイイのかもな。」

彼らの心が求め出したのは、当然だが、自分達の今いるこの場所ではなく―――…あの偉大で、果ての無い、冒険の海だった。

「帰りたくなる。」
「…」
「おれはでも、こっちの世界もすきだぞ!エースは生きてるし、おまえらもいる」
「麦わら」
「…フ、お前はどこ行っても楽観的だな」
「ししし!」




「あー!!こんなとこにいたの!?」

「「「!!?」」」
三人が見上げると、上から穴の中を覗きこんでいたのはなまえだった。


「どんだけ長いことサッカーボール探ししてんのよ!もう体育の時間終わっちゃったんですけど!」
「なまえー!!久しぶりだなぁ!」
「は?さっきまで話してたじゃん」
「なあ!この穴すっげぇんだよ!!おれたち間違えて落っこちちまったんだけどよ〜!!」

ルフィは顔に満面の笑みを浮かべ「そうだ!」と提案した。
「お前もこっち落ちて来いよ!」
「ばっ!!何言ってんだルフィテメェ!麦わら!」
「なんか混ざってるぞユースタス屋」
「はあ?なんであたしまで落ちなきゃいけないの?ばかなの?」
「いいから来いって!」
「止めろ麦わら屋。あいつが前世じゃ何やってたか忘れたのか??」
「ん?何だっけ。」
「忘れてんじゃねェよバカが。

なまえは、大将赤犬の孫娘だったろうが!」
「俺達とも何度も殺り合った仲だ。今あいつが記憶を戻したら、大変なことに」


―――ブワッ


「ぐっ」「うごっ」「ぐは……なまえ、テメェ」

何を思ったか無言でダイブしてきたなまえ。下敷きになった三人は呻いたが、キッドとローとルフィの3人の首元にまとめて抱き着いたなまえに、違和感を覚えた。


「おいなまえ!お前、泣いてんのか?」
「そりゃ泣きもするさ」
「………俺達が誰だか分かるか?」
「知ってるよ、海のクズ共」
「思い出してんのかよ!で、な、何だこの状況!」

「あたし、もうずっと前に思い出したの。でも、あんたら以外の誰ともこっちじゃ会えなくて……そのアンタ等だって、何にも覚えてないみたいだったから…もうどうしようって。………海賊相手にこんなこと言うの、なんだけどね」

いま、すごい安心してるんだよ。
一人だけ異質な空間に取り残されたような気分から、解放された気がしたんだよ。



「……フフ、天下の将校なまえも、可愛くなったもんだ」
「なっ!!」
ローが優しく頭を撫でると、なまえは慌ててそれを振り払った。だがどうしたことか。体が離れない。
腰に巻き付いているのはキッドの腕だった。
「ちょっと!」
「あァ?いいじゃねェか!久しぶりの再会なんだしよ」
「だから、あたし的には全然久しぶりじゃ…」
「なまえ!また一緒に飯食おうぜ!」
「…?前にも食ったことあるのか?」
「おう!なまえケムリンの部下だっただろ?だからよく会ったんだよなー!」
「無理矢理宴会にひっぱりこまれてただけだから!…まあ、せっかくだから食べてやってもいいけど」
「…丸くなったな、お前」
「体系の話してんならぶっ飛ばすよ」
「中身だ中身。まあ、胸はあん時よかなくなったが、ぐほっ!!!」
「死ねトラファルガー」
「ハッ…バカな野郎だ。」
「なー、そろそろ上がろうぜ。おれ腹ぁへった〜…」
「そうだな。」
「……ねえ、この後授業サボんない?」

真面目ななまえのその提案に、3人は目を丸めた。
「あたし、もう随分長いこと海へは行ってないの。一人じゃどうも行く気にならなくて」
「…フッ。良いアイディアだ」
「おれも!行くぞ!!」
「…のってやろうじゃねェか!」
「じゃあ、決まりね!」


四人が穴を出ても、世界はそのままそこにあった。
見渡す限りの大海原はそこにはない。見慣れた校舎やグラウンドの景色がいつもと違って見えるのは、キッド達自身が変わったからに他ならなかった。


「あ。」

振り返ったなまえは、さっきまで自分達が落ちていた穴がどこにも存在しない事に気付いた。
「―、!」
損失感に立ち尽くしたなまえ。
その腕を優しく引いたルフィは、にっと微笑んだ。


「大丈夫だ!おれ達、もうおれ達のことも、お前のことも忘れねェから!」
「…ルフィ」

「ーーー帰ろうぜ、俺達の海へ」

帰還
999999hit 三船長が転生
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