その時降りた島は、特別これといった興味も湧かない色気のねェ場所だった。医学書買ってくる。そう一言船番のクルーに残して、俺は船を下りて街を歩いた。夏島の照りつけるような暑さとまた少し違うのは、照る日の光の割に風がひやりと心地よいからか。 「…あれか」 道の少し先に古びた本屋が見当たる。 木陰に阻まれた日の光が葉の隙間から地面に色を落とすのを眺めながら、俺はゆっくりとそちらに足を向けた。 見れば見るほど、古びた店。 緑の木々に囲まれた木造建てはより一層景色に溶け込んで見えた。蝉の鳴き声を背に受けながら、店の敷居をまたぐ。本来店主が居るであろう賽銭の場は無人で、海賊の俺でも不用心だと感じた程だ。 その時、本が高々と積まれたその場所からひょこりと顔が覗いた。 「あ、いらっしゃいませ」 「…」 「何かお探しでしょう、か、うわ!」 「おい…!」 こちらに駆け寄ろうと動いた右足は落ちていた鉛筆を踏み、その女は思い切りバランスを崩して本の山へと倒れていった。 舌打ちひとつ。俺は能力で、自分と女を咄嗟に入れ替えた。 「え、あれ、何で!?……ってお客さま!何で!?あれ……何で!?」 「……痛ぇな」 「ごごごめんなさい!」 女が今にも泣きそうな表情で俺の腕に手を添える。 立てますか、と尋ねられたので当り前だという意味も込めて睨み返せば、予想に反した笑顔を向けられた。 「助けてくださって、ありがとうございました」 「…状況理解できたのか」 「いえ…全然。でも、あなたに助けてもらったことなら解かります…!怪我…ありませんか?」 「ああ」 「私…ほんとに鈍くさくて、ごめんなさい」 そいつは立ち上がった俺の傍から離れて、俺が咄嗟に落とした刀を床から拾い、こちらに持ってきた。 「ああ、悪いな」 「…あの…さっきのは一体」 「あれは俺の能力だ」 「のうりょく」 「悪魔の実を知らねェか」 「ああ!」 女はそれからしばらく考え込んで、納得したように顔を上げた。そしてやはり申し訳なさそうな笑顔をこちらに向けながら、もう一度頭を下げたのだった。 「ところで、この店に医学書は置いてあるか」 せっせと本を拾い集める女(なまえと言うらしい)に問いかければ、もちろんあります!と景気のいい返事が返ってきた。 「私の父は医者でしたから、父の死後は医療書物も書店に回していまして」 「ほォ…」 「お客さまもお医者様ですか?」 「いや。俺は海賊だ」 「へえ、かいぞ…」 うえええ!?と仰け反って、せっかく積み直した本の山にまたしても衝突しそうになるなまえの腕を即座に引いた。 「お前、学習しろ」 「ご、ごめんなさい!ビックリして」 「…刀とか見て気付かなかったのか」 「よく切れそうだなあ…くらいにしか」 「お前も店も不用心すぎだ」 ビックリしたと言ったなまえの目にしかし恐れは伺えない。怖いかと問うてもへらへらしながら怖くないと答えられるのが安易に想像出来たくらいだ。 「お前、父親の跡を継いだりしねぇのか」 「わたし…本が好きなんです」 俺に医学書を手渡したなまえの瞳は澄んだ緑をしていた。それが思い出すように、細められる。 「父は立派な医者でした。それでもやはり、死には逆らえませんでしたし特に長生きが出来た訳でもありません」 「…人間だからな」 「ふふ、そうでしょう?だけど、本は違うんです」 「?」 「本は、大切に大切にすれば、千年も万年も生きていられます。その間にたくさんの人が携わって、本はやがて繋がりへと形を変えるんです」 俺はその、憂いを含んだ緑色を食い入るように見つめた。何故だか目を離すのが勿体無い気がしてならなかったのだ。なまえは、それにと続けた。 「わたしはいつか、世界中を巡ってたくさんの繋がりを探しに行きたいんです。それが、小さいころからの夢なんです。」 ローは口元に笑みを浮かべた。 古ぼけた島の古ぼけた書店に只一人だけいるこの女の緑の瞳が、俺にとっては興味深かった。 そいつが欲しいと望む繋がりが俺達の航路のその先にあるのならば、俺が言う台詞は決まっている。 さて、どう口説こうか 数秒後、再び本の山が崩れ埃が舞うことになるのは、また別の話 ×
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