「ローさんのばかたれ!分からず屋!」
「オイ待て、なまえ!」

船長室を飛び出してきたなまえ。に、甲板で昼寝をしていたベポとキャスケットは飛び起きた。

「な、なんだ何だ!!」
「なまえ?」

次いで、船長室からゆらりと姿を現したローの不機嫌さと言ったらない。キャスケットとベポは変な事に巻き込まれる前にばっくれよう、と逃げの姿勢を取ったが、ローは見逃さなかった。

「お前ら、奴をひっ捕らえろ」

「「…あいあい……キャプテン」」

悪徳代官を思わせる悪人面とドスの効いた声で二人を突き動かしたロー。こうして、なまえ対クルーの壮絶な鬼ごっこが始まった。



「なまえ!」「おい、そっちへ行ったぞ!」
ローの船に乗って早1年。なまえは「ネコネコの実・モデル シャム」のヒト型と獣型を使いこなせるようになってきていた。そして現在、彼女は獣型。つまり今船上ではリアルサイズの猫が船内を駆け回っている図が完成しているわけである。


彼女が脱ぎ捨てた(と言うべきなのだろうか)ツナギを手に甲板を駆けるキャスケット。その横には、さっき無理やり参加させられたペンギンの姿も。

「あ、あいつ中々すばしっこいな」
「……」
「どうした?キャス」
「なあペンギン」
「燃料切れか?」
「なまえのツナギめっちゃ良い匂いする」
「キャプテンに殺されるぞ!!……どれ?」

「ニ゛ャー!!!」

ペンギンが鼻を寄せたところで、猫特有の跳躍力を持ってキャスケットの顔面に飛びついたなまえ。(なんてことしてんですかー!!コラー!)という彼女の声は全部猫語に変換されて彼らには伝わらない。
キャスケットの顔面に筋がいくつも刻まれたところで、しめたとばかりに飛びかかって来たペンギンの足元を潜り抜ける。

「「あ!」」

「んにゃ」

「……やっと捕まえたぞ。チビ」

首根っこをがしりと掴んだローはすっかり汗だくになった二人に「ご苦労だった」と短く告げた。

「他の奴らにも捕獲成功と伝えとけ」
未だにじたばたもがく彼女を、今度はしっかりと腕に抱いてキャスケットから受け取ると、ローはそのまま廊下を歩いて行った。

「……結局、あの二人は何で喧嘩してたんだ」
「さあ」






「に゛ぁ!」
船長室に着き、無理やりローの腕から抜け出したなまえ。瞬時にあたりに視線をやり、僅かに開いていたクローゼットへと飛び込んだ。ローは溜息を吐き、椅子に腰かけた。

「いつまでそうしているつもりだ。」
「…」
「言っておくが、俺はお前の要求を飲む気は一切ない」

言い切るローに、クローゼットの中でなまえは頬をふくらました。
(ローさんのわからずや…)
そして思い出すのはつい数時間前の会話。


「……戦闘を教えてほしい、だ?」「はい」
なまえは言った。
「私もこの船の役に立ちたいんです」
「却下だ」
「……え?」
「だから、却下」

ローさんはてっきりOKしてくれるものだと思っていた。しかし現在、目の前で腕組みをしている彼が口にする言葉は頑ななNO。

「わ、わたしの能力だって…」
「俺はお前を戦わせる気はねえ」
「…」
「何といわれても、絶対だ」

私だって、この船の一員だから護られてるだけなんて絶対にいや、なのに。

「っローさんのばかたれ!分からず屋!」

そして冒頭に至るわけである。



室内に沈黙がはびこる。なまえはクローゼットの隙間から漏れこんだ光の筋を爪でかきながら、ふてくされていた。ふてくされていながらも、後悔していた。

ずいぶん、わがままなことをいってる

ローさんがこまってるのがわかる


「なまえ」
反射的にピクリと耳が動いた。

「過保護だとか甘いだとか、好きなだけ言われても構わねぇ。だが、どうしても、俺はお前に銃もナイフも持って欲しくねえんだ」
言葉を選んでいるような沈黙が訪れる。いつの間にかなまえは耳をそば立ててローの声を聞こうとしていた。


「お前が戦わなくても俺が守ってやる」

まもられるだけはいや。
なまえの心の声が通じたように、ローは続けた。

「誰もお前に、守られるばかりになれなんて言ってねェよ。」
「…?」


「お前も守れ。俺達を」


戦わずしてどうやって。そう思ったのは一瞬だった。
(…知ってる)
私は戦わずに人を護る人達を知ってる。

「船のコックはよ全員に力尽けてもらえるようなパワフルな料理を作る必要がある」
「パワフルな…料理?」
「ああ。食事が体を作るってな!ハッハッハ」


「船の掃除はきちんとやれよ、お前ら等」
バタン
「…どうしてキャプテンってあんなに掃除に厳しいんだろうね」
「私も思ってました。この船いつも綺麗だから、不思議だなって」
「しらねえのか?ベポ、なまえ」
「?」
「キャプテンは医者だぞ?」
「つまり俺達が病気でぶっ倒れると面倒なのはあの人なのさ。だから、衛生面で手を抜いたことはねえ」
「トイレと厨房は特にだな」
「そういやおれ、この船に来てからまだ一回も風邪ひいてない」


「どこかに行くんですか?二人とも」
「ああ、武器庫にな」
「ぶきこ…」
「今日の戦闘で弾の数減ったからな」
「そ!雨で火薬もやられたし、調整しとかねーと」


私はそっとクローゼットから出た。藍色のローさんの瞳は、もうとっくに優しかった。
「、…」


ベットに飛び乗ってシーツに潜り込んだなまえ。
再びもぞりとそこから顔を出した時、彼女はもう猫の姿ではなかった。

「……ごめんなさい、ローさん」
黒い耳はしゅんと項垂れている。ローはそれを見て小さく笑うとベッドに近付き、彼女の傍に腰を下ろした。

「…私が出て行っても足手まといになります…ね」
「いや、なまえ、お前は鍛えりゃ間違いなく逸材になる」
「!」
「だが、どんなに強くなろうが鍛え上げようが、悪魔の実を食ってようが無かろうが、


お前が戦場に立つと、俺が不安になっちまう。」



驚いて顔を上げれば、ローさんは苦笑いにも似た、複雑そうな表情をしていた。その顔を見たら、もうこれ以上だだをこねる気などなくなってしまった。
「はい」小さく言って頷けば、頭に手のひらが乗せられる。

「お前が五体満足で、俺達に笑いかけてくれたら、俺達は十分に力が出せる。嘘じゃねェ。」
「…は、い」
「だから、なまえ」

戦わずして仲間を守る。
今まで、守る相手は自分しかいなかったから、そんな考えには辿り着きもしなかった。でも今なら分かる。

「お前は、中から俺達を護れ」

変わらない微笑みをください
わたしにもできる。わたしも、みんなをささえられる。 彼の言葉に、私はただ、うなづいた

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