新星高校。昼休み。西校舎2階2年E組。窓側一番後ろ、通称:転校生席。春初めのやわらかい陽気につつまれながらうたたねをしていた奴。不良、ユースタス・キッド(最近ではちょっと優しいところがあるらしいという噂だ。)を襲った悲劇は、あまりに突然訪れた。 奴のクラスメイトである俺達は傍観者であり被害者であり目撃者であったため、今回この話を君らにしようかと思う。 彼女は、教室の前方のドアを控えめに開いて現れた。 「あの、すいません」 一瞬息をすることさえ忘れてしまった。それほど美しい女性が、そこにはいた。 胸元のエンブレムに刺繍されている糸は黄色。どうやら先輩らしい。 「は、はい!」 「キッド君いますか?」 「キッドクン…………、ああ。ユースタスなら奥の窓側の…」 「ありがとう」 彼女は花のように微笑むと、軽い足取りで教室に入ってきた。 昼休みで人がはけているとはいえ、俺やその他何人かの視線を一身に受けているのに、まるで気に留めていないようだ。 (きれいなひとだなぁ…) ユースタスの奴やっぱりモテるから、あんくらいの美人な知り合いもけっこういるんだろうな。羨ましい。 …だが何だろう、この既視感。 俺が首をかしげていると、視線の先の先輩は小走りでユースタスに駆け寄り、そしてどこからともなく金属バットを取り出した。………ん?? 「死ねぇぇえッ!!!クソガキィ!!!!」 ―――ズォオオォォオォン 「ええええええ!!!!」今まで花のように愛らしく微笑んでいた人と同一人物とは思えぬ形相でユースタスの頭にバットを振り下ろしたその先輩。突然の豹変に心から驚愕しつつもユースタスの安否を確認する。 奴はさして驚いたふうもなく、身体を反らせてその攻撃を避けていた。(直撃した机は無残にもベコリと凹んでしまっているが。) クラス中が呆然としながらその状況を見つめていれば、耳からイヤホンを抜き去ったユースタスは怪訝そうに顔をしかめた。 「何だよ、姉貴」 お姉さんだった。 そうかそうか、なんか既視感があると思ったら彼女の鮮やかな赤髪はこのクラスの不良と同じではないか。そういえばこの前も似たような事があったな。 「何だよじゃねェよテメェゴラ!ハゲ!オイ!!」 「だから何だよ」 お姉さんの口の悪さもさることながら、バットでの攻撃もかわしつつ顔色変えずにそれに応じるユースタスの運動神経も、流石としか言いようがない。 「すっ呆けんのも大概にしやがれ!!!テメェついにやりやがったな!」 お姉さんのキレ具合から事態の深刻さが見て取れる。 「何の事だ」 「言っただろ!!あいつに!あたしの本性」 ――ブンッ ひょい 「あ?アイツって誰だよ」 「吉田君に、決まってんだろうがァ!!」 ――ブンッ ひょい 「……ああ。」 「正直に言いやがれッ、でねぇと殺す!」 「言った。」 「死ね!!!」 バットを放り出して殴りかかったお姉さん。俺達はいよいよ焦り始めた。これはあれか?先生とか呼んでくるべきなのか…??? つっても兄弟喧嘩だし…いや、しかしこれはそんなレベルじゃないな。 「ざけんなよ!アタシがどんな思いで性格隠してっか知ってんだろうが!!!」 「ああ」 「やっと告白されたんだよ!!やっと彼氏出来たんだよ!!」 「ああ」 「おまえのせいでメチャクチャじゃねえかバカヤロウ!!あたしの彼氏勝手に殴ってんじゃねえ!よ!!!」 「あの、落ち着いて」勇気を出して言いかけた時、ユースタスが手のひらで先輩の拳を受け止めた。 ユースタスよりいくらか小さい先輩は、眉根を思い切り寄せて目を怒らせ、それでいて今にも泣き出しそうに瞳を揺らしながら、ユースタスの爪先を踏みつけた。 口をへの字に曲げ、何も言わないユースタス。 しばらく沈黙に浸っていたふたりだが、やがて先輩の方が小さく口を開いた。 「………何が気に入らなくて殴ったんだ」 「顔」 「十分イケメンだろ」 「じゃあ性格」 「じゃあって何だよ」 「何でもいんだよ。」 「ハァ?」 「俺が気に入らねェから殴った」 そんな理由で人を殴っていいわけあるか!傍観している俺でさえそう思ったんだから、とうのお姉さんの怒りはとんでもないもんだろう。 次彼女の取り出す武器はナイフかコンパスか、とビクビクしていた俺は、彼女は俯いたまま何のアクションも起こさない事に気が付いた。 「そ、そういえば…3年の吉田先輩って、…ねえ?」 「うん…。」 俺と同じように壁に張り付いて事態を伺っていたクラスメイトの女子達が、こそこそと何やら話し出した。 吉田は、ユースタスのお姉さんの元恋人で、ユースタスが殴った相手、のことだろう。 「すごい浮気性って聞いたよ」 「いち時期は6股とか平気でかけてたって…」 「……それじゃあ、もしかしてキッド君」 顔をあげた先輩の目からぼろぼろと大粒の涙が零れる。 「お゛ま、え……っぐ、ぅぇっ……み、見た、んか!!」 「…泣くなよ鬱陶しい」 「うっどおじいって、なんだあ!いえよ!…あい、あいつ、が、女といるの…みだんか!!」 ユースタスは先輩の手離すと、いつかのように、シャツの袖を伸ばしてその涙を拭う。 盾にも横にも首を振らないユースタスを見て、彼女は唇を噛みしめた。 そして後退してユースタスから距離を取ったかと思うと、そのまま勢いをつけてユースタスに抱き着いたのだ。「ごめんな」嗚咽の隙間に、そんな言葉も聞こえた。 「し、ってたんだけ、ど…あいつが浮気っして、るて……!でも、あたし見たことなかたかっら、信じら、なくて」 「…」 姉貴の彼氏の浮気現場を目撃したユースタスが、彼氏に一発食らわせた。と つまり、そういうことなのだろう。 荒れ果てた教室を見回して、なぜか俺達はそろって安堵の息を漏らした。 「性格、バラしたのは悪かった。」 「…」 「あの野郎が『オレは全員平等に好きだ』とかほざきやがったから、姉貴の性格知ってもまだ好きなら、少しは許してやろうと思った。」 「……あいつ、なんて?」 「……『もうそんな女と付き合う気ねぇ』だと」 「…。なあキッド」 「あんだよ」 「……殴ってからバラしたのか?バラしてから、殴ったのか?」 「は?ンなのどっちでもいいだろ」 「よくねーよ。こたえろ」 「…」 「…」 「………殴って、バラして、……また殴ったんだよ。」 ユースタスから離れた先輩は赤い眼をこすって吹き出した。首の後ろをかきながらきまり悪そうにするユースタスの胸元に握った拳を軽く当て、頷く。 「よくやった!」 「……うっせー」 「…」 知る人ぞ知る悪党ユースタス・キッドと彼の姉によって引き起こされた、姉弟げんかの枠を軽く乗り越えたこのプチ戦争。結局俺達も、荒れた机を片付け始めた二人を手伝うことになったわけだが、笑いながらしかし申し訳なさそうにするお姉さんと、ブツブツ文句を言いつつせっせと机を立てるユースタスを見ていると、なんだかどうも悪い気がしてこない。――ともかく、だ。 うちのクラスにいる不良、ユースタス・キッドは、とても姉思いな優しい不良だった。 クラスメイトBの報告 985000hit 学パロキッドと姉 ⇒「クラスメイトAの考察」と同設定 ×
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