最近、あのユースタスキッドに彼女ができた。

俺達新星高校不良一同は、悪逆非道。血も涙もない。悪の権化。デーモン。サタン。etcで知られているユースタスにえらく酷い目に合されてきた。血みどろのアイツの絶望に満ちた表情を見ながら「これが俺達の痛みだ」とクールに吐き捨てるのが最近の夢だ。ぶっちゃけできる事なら今にでもぶっ殺したい。しかし奴にはこれっぽっちのスキもねェ。くわえて、奴自身そりゃもう…鬼のように強い。ユースタスと喧嘩で渡り合えるのなんて、2年のトラファルガーか1年の麦わらくらいのもんだ。いや、俺らも決して弱ぇわけじゃねーけれども。

「チャンスだ」

冒頭でも言ったが、奴に彼女ができた。
女なんざ掃いて捨てる程いるぜ。来る者拒まず去る者追わず。なんて羨まし…腹立たしい台詞を堂々と言っても誰も反論否定できない相手が、まさに奴だ。クソ死ね。
戻ろう。

そんなユースタスが、どうやら、ゾッコンらしい。


どんなグラマー体系な美女なのかと思えば、相手はどこにでもいそうな普通の女だった。
ただ顔立ちはまあ可愛い部類に入るだろうが、それをふまえても奴が夢中になる魅力はあまり感じられない。
念を入れて手下に奴の近辺を探らせてみれば、その噂はどうやらマジらしかった。

となれば話は早い。
女を人質にユースタスをフルぼっこにしちまおう。

俺達は奴らが目撃された中庭の、学校で一番大きいとされている桜の木のもとへ向かった。現時刻は12時半。良い子ちゃんの学生共呑気に昼飯むさぼってろ。俺達は今日、奴に勝つ!





「チャンスだ!!」

二度言う。言わせてくれ!たった今俺達にはチャンスが訪れていた。
校舎の陰から桜散る中庭を遠目に睨んでいた俺は思わず絶叫しそうになった。なんと、あのユースタスが!呑気に!桜に寄り掛かっておねんねしてるじゃねえか!勝てる!見ろあの腑抜けた面を。
俺は口元に笑みを浮かべ、後ろに控えていた仲間達に人差し指で合図した。
――行くぜ。

そろそろと足音を立てずに進んでいく。
仲良しこよし。ユースタスも、その肩に頭を預けてすうすう寝息を立てている女も、まるで俺達に気付かねぇ!ハッハッハー!!人質に使うまでもねえ!女もろとも再起不能にしてやるぜ!

まだ目を開けないユースタス。

あと一歩な俺。

まだ目を開けないユースタス。

バッドを振り上げる俺。

――いけるっ

「こ」
パチ

――え。


気付いた瞬間には俺は奴からずいぶん遠くで地面に這いつくばっていた。視界の端には、ひしゃげたバッドと、次々に倒されていく仲間達の姿が映った。
――なんだ、何が起こってんだ…!

どこからか走り込んできた麦わら。
二階の教室窓から飛び下りてきたトラファルガー。
その他にもたまたま通りがかったとしか思えない連中が、なぜか、ユースタス側につき俺の仲間達をボコボコにしていく。なぜだ。その顔ぶれの中には、かつてユースタスに酷い目に合されたと嘆いていた奴もちらほら。…何故だ!!本気で何故だ!


「………?」


一陣の風が吹き荒れ、桜が美しく舞い散る情景の中で俺は違和感を感じた。
…音がしねぇ

耳がやられちまったのかと思いきや、風の音や仲間達の殴られる音だけは確かに響いてくる。だが悲鳴や呻き声は聞こえない。目を凝らせばわかるが、どいつもこいつも一撃で気絶させられてやがる。

ほんっっきで分からねェ!あいつ等のいつもの荒っぽい戦り方と違ェのは、な―――



「……!!!」

ユースタスの指先が動いた。
人差し指を両端の吊り上った口元に。

(煩ェよ。…起きちまうだろ)


俺の視線は奴の唇から、隣で眠る女に移り変わった。つまり、そういうことなのだろう。…こいつら全員。
俺は薄れゆく視界に戦場を映しながら、悟った。
「…無念」

俺達の敵は 既にあの男ではなかったのだ。

Silent spring.
891198hit 愛されヒロインと夢見る不良
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