「スネイプさん、スネイプ様、どうぞ私に魔法薬学の宿題を教えてくださいませ」 「断る」 大広間を出た彼の後をひょこひょこ追いかけてきたなまえの図々しい申し出を、セブルスは当然断った。多大なるショックを受けつつ「なぜ」と聞き返す彼女。彼女のその問いの答えはあまりに呆気なく返された。 「僕が手伝う義理がない」 「義理…だと!」 「そうだ」 「そんなもんなくたっていいじゃない!友達だもの」 「ついてくるな。僕はお前と友達になったつもりはない」 「私はある!一昨日フクロウ小屋で私にハンカチ貸してくれたじゃない」 「大きい声で言うな!」 「…」 「あれはお前の顔面が涙と鼻水で相当悲惨だったから見るに堪えず、だ」 「や、ママからの手紙見たらホームシックになっちゃって」 「聞いてないしどうでもいい」 「でも私はあの時、私とセブルスとの間に確かな友情が垣間見えたよっ」 「お前だけだ」 「ちょ、足早…」 「ついてくるな」 足の遅いなまえを振り切って談話室に入る。グリフィンドール生であり馬鹿な彼女がここに入ってくることはまず不可能だ。 「…」 本を抱え直したセブルスは自室に向かった。 ――大事な休暇をあんな奴にあてられるか。 言い訳するように心の中で呟いてベッドに転がる。本を開けば、セブルスはすっとその中に入り込めるのだ。セブルスはいつもより集中して文字を追った。 そうしないと思い出してしまいそうだったからだ。 (これは罪悪感とは別の何かに決まってる。だって僕は間違っていないから) 「もうこんな時間か」 気付けば窓の外は薄暗く、時計を見ればもう直ぐ夕食の時間だった。 (返してから広間へ行こう) セブルスは本を閉じ、脇に抱えて部屋を出た。 本の内容を脳内でなぞって浸りながら図書館に足を踏み入れたセブルスは、奥のテーブルに目をやって、一瞬にして現実に呼び戻される。 「…」 本を片手に何やら熱心なのは後輩のレギュラス。その向いで眉を寄せて羊皮紙と睨めっこしているのは、さっきまで(数時間前だが)自分に教えを乞おうと奮闘していた彼女だった。 あの二人がどういった経緯で勉強する事になったのかは分からないが、どのみち僕にとってはどうでもいい。関係ないことだ。 「…」 その時、長らくそうしていたらしい彼女はパッと顔を上げ、そして目を輝かせた。それを見て軽く微笑むレギュラス。 そんな様子の二人を立ったまま眺めていたセブルスはくるりと踵を返した。 (関係ない) 「ありがとうレギュラス君、すごい助かったよ!!」 「いえ」 「でも後輩に勉強教えてもらってる私ってどうなんだろう」 「あえて言いませんがバカですね」 「(あえて言っちゃってる!!)」 「でも良かったです。僕の教えられる範囲で」 ペンをしまいながらレギュラスが溜息を吐く。 「そういや凄いねレギュラス君。ここはギリギリ5年生の範囲だよ」 「(ギリギリ…)ああ、実は僕も教えてもらったんです」 「え!」 「セブルス先輩に」 「おおお!!やっぱセブルスか…!」 「ご存じなんですか」 「ご存じも何もお友達だよ!」 「…一方的に?」 「なぜばれた…」 「勘ですけど。」 兄ににて勘の鋭い奴だ。(余談だが、私この前シリウスにババネロ入りチョコレートをプレゼントしたら毒見させられて酷い目を見た。あれも勘での行いだったらしい) 「片想いでも別にいいもん。セブルスをいつか振り向かせ隊だから」 「そうですか」 「(スルーされた)」 「じゃあ僕は行きますね」 「あ、うん、ありがとねレギュ!今度美味しいもの持ってったげる」 「ババネロ入りチョコレート以外なら歓迎ですね」 さらりと捨て台詞を吐いて去っていったレギュラス。 シリウスのやろう、実は弟と仲いいじゃないか。 私は今度こそあの兄弟に一泡吹かせてやろうと案を練りながら図書館を出た。(あ、そうだ。フクロウ小屋に寄って行こう。)ポケットの中の手紙を漁りながら行先を変える。 ――さっきはちょっとセブルスにしつこくしちゃったからな 嫌われないようにごめんねの手紙を書いたのだ。 それを今夜中に出せば、明日の朝の配達には間に合う。 なまえは軽やかな足取りでフクロウ小屋へ続く階段を上った。「…?」少し上に人影が見える。私は足を止め、目を凝らした。 「……またお前か」 「セブルス!」 風に雲が退けられたせいで射した月明かりの中、階段に腰かけて本を読んでいた人物はセブルスだった。 「どうして…こんなとこに」 「どうだっていいだろ。お前に関係ない」 下に視線を落とすセブルス。普段だったらショックを受けているところだった。でも 皆が嫌がる黒い髪も、伏せられた冷たい眼も、真っ白い肌も、驚く程この景色に良く映えていて。 「セブルス…隣に、座ってもいい?」 「…」 何も言わないセブルスの沈黙を勝手に肯定と捉え、私はそっと隣に腰かけた。 特に会話は無い。セブルスがどう思っているのかは知らないが、私はこの沈黙をさほど重く感じなかった。 「あ、」 「…?」 「セブルスに手紙があるんだ」 「…手紙?」 ポケットから取り出したそれは少しくしゃくしゃになっていたが、まあ読めるだろう。それを受け取ったセブルスは私を軽く睨んだ。 「悪戯じゃないよ」 口をへの字に曲げて、セブルスの手が封を破く。 『親愛なるセブルス様 さっきはしつこくしてごめんね セブルスと勉強したくてダダこねちゃった(笑) 今度一緒にホグズミードへ行きたいな! 考えておいてね なまえ』 暫く羊皮紙から目を離さなかったセブルス。横で彼を眺めていた私は、セブルスの目線が上から下。上から下。何度かその短い文を読み直しているのに気付いた。(もしかして字汚かったのかな…?) 「セブルス?」 呼びかけると、ハッとしたらしいセブルスは紙を私に押し付けて立ち上がった。今まで自分が呼んでいた本を脇に抱えて階段を下りて行ってしまう。 (これはつまり…ノーか) がっくし項垂れる私の耳に、ほんの些細な音が入り込んできた。 「え?」 それは数段下で足を止めたセブルスが発したものらしかった。私は耳を澄ませてその声に聞き入る。 「……今度からは僕が、教えてやってもいい」 セブルスの言った言葉の意味を私が理解したころには、セブルスはとっくに校舎の中へ入ってしまっていた。――今度からは、僕が… 「……――やったぁぁあ!!!」 飛び上がった拍子にさっきやった宿題が階段を転げ落ちた。それを慌てて追いかけながら、なまえは自分がどうしてこんなに嬉しいのか考えてみる。 有力な候補はひとつあったが、それを確かめるためにはやっぱりセブルスにまた会う必要がありそうだ。私は拾った羊皮紙の端を破って、ペンを取りだし紙に綴った。縦に4つ折りにしたそれはフクロウの足に縛り付ける。 「明日の朝、よろしくね」 僅かに赤みのさした頬でフクロウに託したなまえは、来た時よりもずっとずっと軽い調子で階段を下りる。ああ、ああ、明日が楽しみでたまらないや! ダイヤモンド・ワンデー 898989hit レギュラスに嫉妬するセブルス |