「怒られるカクゴはできてるな、あいぼう」
「もちろんだとも、あいぼう」

「敵はあの、きゃぷてん・きっどだ」
「せかいいち悪いかいぞく!」
「せかいいち怖いかいぞく!」
「「せかいでいっちばん、つよい、かいぞくだ!」」

二人はにっと笑って拳をゴツンと合わせた。

「「いくぜ、あいぼう!」」
とある部屋の片隅でささやき合っていた二人は助走をつけ、その勢いのままふくらみのあるベッドに飛び乗った。

「ぐっ」

「起きろーー!キッドー!」
「おきろー!!」


「……ンの糞ガキ共ォォォオオ!!!」


こうして、キッド海賊団の賑やかな朝は始まる。


**



「ふふふ、やだキッド、まだ膨れてるの?」
「俺がガキみてェに言うな」

言葉の通りの膨れ面でパンを口に運んだキッド。その脇でなまえはくすくす微笑んでいた。
昔から全く海賊らしからぬなまえだったが、近ごろは本当にただの一人の母親だった。キッドと並んでさえいなければ誰も彼女を海賊だ等とは思わないだろう。

「キッドー!」
「キッドー!」
「キッドー」
「キッドー!」

「るせぇ!!」
「キッドもね」


キッドに怒鳴られつつもキャッキャとはしゃぎ回る二人の少年。真っ赤な猫っ毛を跳ねさせて、額には小ぶりなゴーグルが押し上げられている。顔は瓜二つだが、片方の少年は前歯が一本無くなっていた。折れたわけではない。子供の歯が抜けたのである。
――と、このようにすくすく成長している二人…そう、キッドとなまえの双子の息子達であった。


「なあ、キッド!今日は釣りをするんでしょ?」
「あ゛ぁ?俺がいつそんな事言った」
「昨日言ってたじゃない!ほら、早く行こうよ!」
「おい引っ張んな!まだ飯食ってんだろうが!!」
「いーこーうーよー!あ、ママ!そのオレンジジュース一口ちょうだいっ」
「いいわよ。溢さないようにね」
「うん!」「あ、おれも!」「っわ」

ビシャ

「……」

「…あいぼう、これは大変なじたいだ!」
「てったいめいれー!てったいめいれー!」

ドタドタと走り去っていく足音。青筋を浮かべたキッドは立ち上がると、ジュースに濡れたコートを脱ぎ、無言でなまえに手渡した。
「…制裁だ」
「ちょ、キッド顔怖い」







「今日も朝から騒がしいな」

「あ、キラー!」
「キラー!」

双子はキラーの長い足に飛びついたり髪の毛を引っ張ったりして遊んだ後、キラーに新たな提案を持ちかけてみた。

「キラーも一緒にツリしよう!」
「おれたちのこの前、リュウグウノツカイをつったんだ!」
「な!でーっかかったよな」
「フッ…そうか。」
この二人が両親の次に懐いているのはこの人物である。


「俺は別に構わないが、また今度にしよう」
「えー!なんでだよー!」
「やろうぜー!つりー!」

ぐわし。大きな手のひらが遠慮なく二人の頭を掴む。
ここで彼らはようやく、自分達には追手がいたのだということを思い出した。

「ようやく捕まえたぜ…」

「ギャーキッドだー」
「ころされるーっ」
「笑ってんじゃねェてめェら!!ほんとに殺すぞ!」
「なあキッド!つりしよう!」
「つりしよう!キラーも」
「いい加減俺の話を聞けゴラァ!!」


今や日常と化したこの光景を遠巻きに眺めていたクルー達は和やかに笑っている。
その場から離れたキラーと合流したドレッドの二人は、少し離れた場所で洗濯物を干しているなまえを見つけた。
手の空いているものがいたらなまえを手伝う、というのはキッド海賊団の中ではもう当たり前の事である。


「しかしガキの成長ってな、目見張るもんスねー」
「ああ。奴らもでかくなった」
クルー全員分の洗濯をひとつずつ竿に吊るしながらしみじみ言葉を交わす。なまえはそれに微笑んだ。

「早いわよね。私達も歳をとるわけだわ」
「や、なまえさんはまだまだ若いですよ。キッドの頭も」
「嬉しい事言ってくれるわね」

キラーはぼんやりとなまえが乗船して来た日の事を思い出した。


何の戦力も持たない只の一般市民。
その時はキッドが何に惹かれたのか分からず反対したが、キッドは「大丈夫だ」というだけだった。なまえの中に命が宿った時も、それを産ませると決断した日もそうだ。キッドは自信ありげに、しかし確かな決意をもってして「大丈夫」を使った。

キッドは俺達が何を一番恐れているか知っている。
――それは海賊「ユースタス・キャプテン・キッド」が日和り、弱くなることだ。

それを知っているキッドは戦いの最中、なまえと子供達を船で一番奥の部屋に隠した。彼女達の目の届かない場所で猛然と力を振るうキッド。それは俺達の恐れすら粉々に打ち砕いてしまう程に昔の儘。ただ暴力的であった。


「…」

俺がキッドの強さを改めて確信し、自分たちの抱えていたものが杞憂だったと気付いた日。俺はもう一つの小さな強い者を見た。

(キッド)

それは返り血に塗れたキッドを微笑んで迎える、なまえ。

彼女もまた、キッドが一海賊団の船長であるということをしっかりと頭に刻み込んでいるようだった。なまえの真の強さに気付いたのも、ちょうど同じ日だ。




「キラー?」
「、」

顔を覗きこまれて、自分の手が止まっていた事に気付く。乾いた分をカゴに入れて立ち止ったなまえは不思議そうにこちらを見ている。
「どうかした?」
「…いや」
「そう?じゃあ、残りお願いしてもいいかしら」
「?」
「任しといてください!」
「ありがとう。私中の乾いた分畳んでくるわね」

にこりと微笑んで立ち去るなまえを見送る。
そう言えば、さっきより船が静かになったな。
ドレッドに渡された小さいカラフルな靴下を吊るしながら、キラーは視線を海へ投げた。

「…ああ、いい天気だ」




ほがらかな陽気が注がれる船長室。なまえがベッドで寝息を立てる3人を見つけるのは、もう少し先の話。
ちいさな進化


(おまけ)
「キッドー!」
「キッドー!」


「なあなまえさん、何でアイツら、頭を父ちゃんって呼ばないだ?」
「ああ…キッドが嫌がってね」

『パパ?ざけんな!敵にナメられんだろうがっ!―――キッドだ!!』

「ハハハ!頭らしい」
「ふふ、まあ、女の子が生まれれば別だったかもしれないわね」
「女の子か…なら俺ァなまえさん似がいいな」
「どういう意味だゴラ」
「「あ」」

898969hit キッド海賊団で子育て
お題:Loathe