コンコン、と控えめにされたノック。
キッド海賊団というガサツな男所帯で、そんなノックの主を予測する事はそう難しくは無かった。
部屋の中で海図に目を通していたキッドは腰を上げてドアに向かう。
頭に浮かぶその人物以外の誰かであれば「何だ」とか「あ?」とか単語で返し、しかも海図から目を離すこともしないだろう。そんな俺がどうしてこんな真似をするのか。…察しやがれ。相手は中々の強者なのだ。

「お、か、しら…」
「……!」

だが、今日は事態が予想を遙かに上回る非常事態だった。


「てめ、何やってんだ!何だその傷!」
「ころんじゃった」
「アァ!?転んだだと!」
「えへ…へ。…どうしよ」
「どうじゃねェよ!船医は!」
「医務室…今インフルエンザの人いるから入っちゃダメだって」
「チッ」
「どうしよ…はは」

へらへら笑っているが顔は真っ青だ。目には薄く涙の膜が張っている。
なまえはワンピースの裾をたくし上げ、太ももにバックリと開いた傷跡を見ないようにひたすら顔を上げていた。こうしている間にも血はダラダラとなまえの白い足を伝って滴っている。

「…チッ。来い」
「うぉ…お頭、マッチョ」
「黙ってろ」
「あい…」

キッドに軽々と抱えられたなまえはベッドの上に座らされる。
「動かねェで待ってろ」
部屋の収納庫を漁れば、もう何年も放置し通していた救急箱を見つけた。よく傷を負って帰るキッドが医務室に寄るのを面倒がるので、救急箱が一つキッドの自室にもと用意されたのだ。
そんな船医の計らいも、今の今まで忘れていたのだが。

「大体、転んで何でそこを切んだ」
「転んだ先にハサミおっこってた」
「…、」
救急箱から消毒液と包帯を取り出したキッドは、ベッドに腰かけるなまえの体勢を見て静かに息を飲んだ。
たくし上げたスカートから垣間見える伸びやかな両足も、苦痛に歪んだ泣きそうな表情も、白い足に伝う血もまたそそる要因である。…って待て、俺はそんな変態野郎だったか。…トラファルガーじゃあるめェし。


「…運の悪ィ野郎だな」
「すみませむ………でもちょっと、ラッキーかも」
「あ?」

冗談っぽく笑ったなまえは、相変わらずの青白い顔でキッドに足を差し出した。

「まさか船長に手当てしてもらえるとは……。役得だー」
「…」
「…お頭?っぎゃーー!」

冗談かそうでないか尋ねる術を持たない俺はとりあえず、一夜の過ちを犯さねェ為に、このバカで思わせぶりなチビ女の意思尊重の為に、奴の傷口に消毒液をぶっかけるのだった。

天然女のどうにもならん色気

(俺がこんなに抑えて堪えて我慢してる事が既に奇跡だってのに、こいつ絶対気付いてねェ!)
「いってー!!ひどい!しみる!」
「あ、暴れんじゃねェ見えんだろが!」

862268hit 恋愛に疎いヒロインと奮闘するキッド