私の人生、さんざんだったな。


最期に思う言葉がこんな虚しいもので非常に残念だ。どうせなら素敵な旦那さんや、娘や孫や、友人たちに囲まれて死にたかった。皆を泣かせちゃうくらい感動的な台詞を並べたりするのもいい。
こんな鉄臭い戦場なんかじゃなくて、綺麗な花畑とかで看取ってもらうのが理想的。――そう

「フフフ…フフ。死にそうじゃねェかァ?」


だからこんな男に会いたくなんてなかった。私は目線だけ上げて男の…ドフラミンゴの姿を捉えた。
相変わらずサングラスの奥の瞳は不敵だ。


「なに、し…に」

参ったな。
あんまり言葉もでないや。


「俺は通りかかっただけだぜ?…それにしても、お前程の女がやられるなんてな。どこのどいつだ?そのお手柄野郎は。フッフフフ」

いつもならこいつの暴言なんて、それを上回るくらいの暴言で以て制していたのに。
言葉を紡ごうとすると血の混ざった吐息が邪魔をする。奥歯を食いしばっていないと、痛みから生まれた情けの無い呻きを聞かれてしまう。だから私は黙っている他なかった。

ドフラミンゴは私の傍に腰を下ろして、ひっきりなしに喋り続けている。


「この戦争で何人の海賊と何人の海兵が死んだと思う?俺が思うに――」

「そういやさっきセンゴクが…」

「白ひげんとこの4番隊のあいつは…」

「まだ生きてるか?……ああ、ならいい。そういやあの時…」

「麦わらはこれからきっと大暴れするぜ。しかも…」

「お前が行きたけりゃ、新世界へ連れて行ってやってもいい」

「あの鰐野郎がずいぶん丸くなってな、フフフ…」

私は言葉を返す気力もないので、黙ってドフラミンゴの話を聞いていた。たまに相槌を打ってやると、ドフラミンゴはさらに会話を膨らませた。いつもなら騒々しくてたまらないものが、今日はどうしてか子守唄のようにすら聞こえた。

意識がだんだんと沈殿していく。
もう痛みも感じない。
目の前も白く霞がかってきた。

感覚も視覚も失ったが、聴覚だけはいつまでもしぶとく生き残っている。
しかしエンドレスに続いていたドフラミンゴの声がぷつりと途絶えた時、とうとう耳もやられたかと思ったが、どうやらそれは間違いだったらしい。


「死ぬのか?……呆気ねぇもんだな」

ドフラミンゴの声はひどく寂しげだった。
私は自分でも分かるほどのろのろした動作で頷いて見せる。ドフラミンゴの足音は一度離れ、そしてすぐに戻ってきた。
視界が僅かに陰る。
感覚はとうに無くなったものの、目のもとを覆い隠す存在が被り慣れた自分の軍帽だということは何となく分かった。無意識に緩んだ涙腺から暖かい水滴が、幾筋か頬を伝い落ちた。


「あ?なんだ?」


「… 、   」

へんだな。今から死ぬっていうのに、正直あんまり怖くない。
ドフラミンゴの耳触りのいい笑い声はどんどんと遠ざかっていく。(あーあ…)

私の人生さんざんだった

でも、次生まれ変わっても、きっとまたこの場所を望んでしまうのだろうな


「また後でな、なまえ」

滲みゆく恋色
809809hit 死に際のヒロインと、ドフラミンゴ