乙女とは時としてものすごいパワーを発揮するのだと思う。 「なまえ、明日街へ出るぞ」 「うええ!?」 「何だ不満か」 「や、べっ…別に不満じゃないですけど」 「ならいい」 ふっと笑ったキャプテンが私の肩に手を乗せて囁いた。 「張り切ってめかし込めよ」 ――言われなくても、である。 そして今日はいつもより早起きして、昨日タンスの中から引っ張り出した私服にこそこそと袖を通した。キャプテンとデート。キャプテンとデート!夢みたいだ。 私が告白してOKを貰ってから何事もなく半月!ようやく恋人らしいイベントがやってきたというわけだ。 「これが気張らずにいられるかー!!」 「おい!なまえ何だようっせーな!」 「うわぁ!ちょっとキャスケット!乙女の部屋にノック無しで入るとか神経どーなってんの!?」 「いつもだろ。………ハハーン」 「!」 「今日キャプテンと出かけんだろ。だからそんなに洒落た格好してんのか。へーえ」 「な、なによ悪い!?」 「別にー?お前も意外と女らしいとこあんだな」 「う、うるさい!」 「よしっ、皆に言いふらして来よう!」 「いや!だめ!ばか!」 駆け出しかけたキャスケットに飛びかかってそれを阻止していると、丁度キャプテンが部屋の前を通りすがった。 「……何だ、もう準備できたのか」 「あ、キャプテン!はい準備万端です」 「じゃあ行くか…。キャスケット、お前は今日船番だ」 「なっ」 「下にいろ、なまえ」 「あいあい!」 ざまあキャスケット!私はテンション高々に敬礼してさっそく船を飛び下りた。 服装はお気に入りのワンピースとヒールが少し高めな可愛いくつ。着地の拍子に砂が入ったけどあまり気にしない。 「なまえ。行くぞ」 降りてきたキャプテンはいつも通りの服装だったけど、それもあまり気にならなかった。キャプテンと出かけられることが嬉しくて。恋する乙女ってやっぱりすごいな。 それからキャプテンと一緒に雑貨を見たり、キャプテンのえらい趣味の医学書を無理やり見せられたり、選んでやるとか言ってランジュリーショップに入ろうとするキャプテンを止めたりと色々忙しかった。でも、めちゃくちゃ楽しかったのは言うまでもない。 「腹減ったな」 「私も」 「確か人気の店があったと思うが」 「じゃあそこ行きましょう!場所聞いてきます!」 「おいなまえ、走ると」 えー?とキャプテンの方を振り返りながら小走りしりしているとバフンと何かにぶつかってしまった。何かって言うか人…のしかもボインな胸に。 「ごご、ごめんなさい!」 「…いいえ、平気よ。次からは気を付けて頂戴」 かなり高い位置から私を見下ろしていたお姉さんは溜息を吐いてそう言った。 「あ、はい…」 「悪かったな。うちのが迷惑かけて」 ぽんと私の頭に手を乗せたキャプテンがお姉さんに向かって言うと、お姉さんは驚いたように目を見開いてから、大人の笑みをキャプテンに向けた。 「いいのよ。…それよりあなた」 その声にも先程までは含まれてなかった艶やかなものが伺える。 「海賊ね。2億の賞金首…トラファルガー・ロー」 「フン…俺の名を知ってるのか」 「ええ、有名ですもの」 「光栄だな」 おおーっと!私は思わずぎゅっと眉をしかめた。気のせいだと思いたいけどキャプテンの言葉尻からも色気のようなものを感じてしまう。背の高い二人は私の目の前で淡々と、お互い目をそらさずに言葉を交わしている。 落ち着け、落ち着け、なまえ。私はチビだし色気なんてないけど、キャプテンの彼女だ。…たぶん! 「一度お話してみたいと思っていたの。どう?ランチでも」 お姉さんがちらりと私を見ながら余裕ありげな表情でキャプテンに尋ねている。キャプテンは喉を鳴らして笑った。満更でもなさそうだ。そう思った途端に可愛げのない私の口は勝手に回る。 「悪いな、俺はこいつと」 「いい」 「…?」 「いい。…一人で、食べに行く!」 だっと駆けだした私の後ろでキャプテンのどこか焦ったような声が聞こえた気がしたけど、知った事か。(妄想かもしれないけど)どっちだっていい。キャプテンはあのボインでバインなお姉さんと素敵な午後を過ごすがいいさ。私は心が広いから怒ったりしない。あ、でも帰ってきて体中から香水の匂い漂わせてたらもう口なんてきいてやんないけど。 グキッ 「いたぁ!!」 悲鳴を上げた私は道端にへたりと倒れ込んだ。グキっていった。絶対折れた。 「大丈夫かい?嬢ちゃん」 「…折れた」 「や、折れてはいないだろうけど」 「もういい帰る。お医者さんいく……ってお医者さんキャプテンじゃん!うわーああん」 「ええええ!いきなり泣き出したこの子!」 泣き出した私に慌てふためいたおじさんは、とりあえず店に入るようにと促した。私が倒れたのはこのおじさんの店の真ん前だったようだ。 「うちはこの島一番の飯屋なんだ」 図らずもいいところについた。 でもキャプテンと一緒に来る予定だったところに一人で入るなんてそんな可哀想な事したくない。自分が惨めになる。 「い、いいです」 「でも嬢ちゃん」 「お気遣い…ありがとう。でも、ここには、キャプテンと仲直りしたら…きますから」 できるかわかんないけど。 じわっと再び滲んできた涙を拭おうと腕をあげると、その腕を掴まれてぐいっと上に引っ張られた。 「じゃあ今だな」 「!!!」 「悪いが椅子を空けてくれ。何か冷やすもんもあれば助かる」 「分かったよ!」 慌ただしくおじさんが店に入っていく。 「キ…キャプテン」 「目引んむいてどうした。俺があの女といつまでもいると思たか」 私を抱え上げたキャプテンは不機嫌そうに言った。 私が答えられずにいると、おじさんが空けてくれた椅子に私を下ろしたキャプテンは続けた。 「慣れないヒール履いて走ってく方向音痴のバカの姿見てる方がどれだけヒヤヒヤすると思ってる」 「…だって」 「妬くなとは言わねぇが、どうせならもっと可愛げのある」 「、うっ」 「……ああ、言い過ぎた」 「ばかぁああ…」 私は涙でもはやキャプテンが見えなかった。 「可愛ぐなくでぇず、っいまぜん…!!でも、きゃぷ、キャプテンだって、わるっひ、ひく、わるいんだから」 「…分かってる」 私のヒールを脱がせながらキャプテンは小さく言った。 「……俺も妬かせてやろうと思った」 「…おれも?」 「ああ。だが、ふざけが過ぎたな」 苦笑したキャプテンは私の頭を撫でる。私がキャプテンを妬かせた?いつ。だって私今日キャスケットとくらいしか喋ってな――――…あ。キャスケットか。 「…ガキ」 「ガキにガキなんて言われたくねぇ」 「…あたし、キャプテンしか好きじゃない」 「知ってる」 「キャプテンしか見てないよ」 「当たり前だ」 「…」 「…」 「…あんな女の人になびいちゃ、やだ」 「なびくかよ」 素直になりなよ 小さく微笑まれ、さっと奪われた唇。 それだけで浮上する乙女心を、どうか分かってください。 678678hit デートで喧嘩して仲直り/ロー |