ホグワーツ魔法魔術学校にいる女性は純潔で気高くさらに知的で美しくあるべきだ。と僕、トム・リドルは以前からそう考えていた。そして今やその思いは増すばかりである。

「ミス・なまえ」
「やあやあ、ミスター・リドル」

こちらに片手を上げて軽い調子で挨拶をするのは、グリフィンドール所属(5年)のなまえだ。僕は立ち上がりながら、ひきつりそうになる頬を必死で優しい笑顔にすり替えて尋ねた。

「これを仕掛けたの、君かい?」
「え?ナンノコトデス?」
僕は杖を床に向けて一振りした。すると今まで目くらまし術で姿を消していた一本の細長いローブが現れる。掃除用具入れの底に結ばれているのと反対側の端は、彼女が今しがた現れた廊下の角から伸びていた。



「あはっ!バレちゃいました?」
流石はリドル君ですね。と悪びれたふうもなく笑う彼女に殺意が湧いた。今は人気が無かったから良かった。あまりスピードを出してなくてよかった。考え事をしていたとは言えこんなものにひっかかるなんて一生の恥だ。ああ膝痛い。もし今ので僕の膝の皿割られてたら君をこっそり校外に連れ出して君の皿も僕が直々に割ってやったとこだ。くそ。
しかし優等生な僕は彼女の非行を笑って許す事にする。

「君、悪戯が好きなんだね」
「あれ?怒らないんですか」
「僕はそんな事じゃ怒らないよ」
「うーん手ごわい」
「?」
「あ、イエ何でも。それよりコレ」
「!」
「スリムなボディに高解像度1600万画素のCCD。防水、防塵、耐衝撃性能搭載。手ブレ補正までしてくれちゃうっていう超優秀な最先端マグル製カメラ」
「…まさか」
ニヤリ
「撮っちゃいましたぜ」

その親指へし折ってやりたい。




それからというものグリフィンドールの問題児は悪戯の標的を周りの不特定多数から僕一人に絞り込んだらしい。道行く先で災難が僕に降りかかる。初めの頃は僕のファン達が僕を取り巻き護衛まがいな事をしていたが、僕がひっかぶるはずだった災難が我が身に降りかかり始めると、やがて「ごめんなさいトム」「私もう耐えられないわ」などと言葉を残して去っていった。もとからあんまり期待してなかったけどね。
――とにかく僕は一人で戦うことを決めたのだ。

彼女の行動は読みにくい。本当に。むしろまったく読めない。だから僕は持ち前の反射神経でトラップを躱し、贈り物などはまずアブラクサスに見せてから受け取る事にした。この際に、彼の髪がシルバーブロンズからショッキングピンクに色を変えたり、頭のてっぺんから花が咲いたり、一日中笑いが止まらなくなったりと彼は数多くの被害を被っていたが僕を恨むのは筋違いだ。


なまえは悪戯が大好物で有名だった。一目で東洋人と分かる艶やかな黒髪を高い位置でポニーテールにし、フレームの太いワインレッドのバリ型メガネ。(僕の予想ではアレは伊達だと思う。)とにかくレンズの奥の瞳は、悪戯を仕掛けている時が一番輝いているのだ。











「ははは、御機嫌よう、トム・リドル君」
「………やあミス・なまえ」
「あーらま。全身雪まみれ。どうしたんです?」




最近の僕と彼女の攻防は校内で話題になるほどだった。グレードアップし始めた彼女の悪戯に対応する僕も必然的に防御率が上がる。

例えば…あれは薬草学の授業だった。
種銃植物という、その名の通り種をマシンガンのように飛ばしてくる植物がなぜか一斉に僕に向かって種を飛ばしてきたのだ。だがこの授業が始まる前にそれを予期していた僕は、教室の天井に試験管を持たせて待機させていた20匹前後のピクシーに、飛んでくる種をすべて回収させた。
この授業は採取したその種から薬品を作るのが目的だった為に、一番手間のかかる作業を(不本意ながら)受け持った僕の評価はうなぎ上り。
悔しそうな彼女を見て頬が持ち上がるのを堪えるのは中々の苦労だった。


そういうわけで最近は彼女の悪戯レベルが格段に上がっていた。だから僕は忘れていたのだ。

「…君の目くらまし術、神がかってるんだったね」
「ようやく思い出しましたか」

すっと足もとに現れたのはいつかの縄。中庭を横切った僕を襲ったのは、忘れかけていたあの罠だった。真っ白い雪に僕以外の足跡はない。彼女の悪戯は完璧だった。
その後、彼女の思惑通り縄に引っかかった僕は上体を崩し、しかし「転倒・雪まみれ」だけは避けようと、少し先にある木に咄嗟に掴まる。

その途端、木が被っていた雪が雪崩のように僕の頭上に降り注ぎ、結果雪まみれになった。
その木の太い枝に腰かけていた彼女は、コートでしっかり身を包み、さらに暖かそうなマフラーで口元を覆ってこちらを見下ろしていた。「してやったり!」とその眼元が物語っている。僕が目を細めて睨みつければ、彼女は心底嬉しそうに笑った。

「ふふ、なかなか、砕けてきたじゃないですか」
「…くだける?」
「リドル君のお顔の話です」

木の枝から飛び下りた彼女は僕の前にとっと着地する。片手に握られた箒を見て、足跡が無かった理由が分かった。

「…僕を怒らせたかったの」
「いいえ」
「じゃあ僕の気を引こうと?」
「とんでもない」
「…なら」
「リドル君を笑わせたかったんですよ」

僕はいつも笑ってるよ、なんて言葉は今更言わない。彼女には僕の笑顔が作られたものだととっくに気付かれていたようだったから。

「…残念だったね。僕は今とても不快で笑う気にはなれない」
「でしょうね。でも私の目標は達成です」
「…?」
「リドル君、あなた今、笑顔よりもっと生き生きした顔してますよ」

思えば、彼女の悪戯(という名の嫌がらせ)を回避しようと躍起になっていた自分は、僕が今まで作り上げていた優等生のトム・リドルとは異なっていたような気がする。
彼女は少し背伸びをして、僕の髪にのった雪を白い指先ではらった。

「でも不快にさせちゃったことは謝ります。ごめんなさい。私は結構、リドル君に悪戯しかけるの面白かったですよ。リドル君頭いいし、それに」
「ねえ」
彼女の言葉を遮って声をかける。

「君の悪戯の対象になった僕を憐れに思ったグリフィンドール生に言われたんだけど。」
「?」
「"なまえは自分の中で作ったノルマを達成した相手には二度と悪戯をしかけない。だからそれまで頑張れ"って」
「え?…ああ、それはまあ」
「そうなると君は、君の目標とやらを達成した僕にもう関わらないと?」
なまえは困惑しているらしかった。

「これだけ僕を屈辱的な目にあわせておいてもう飽きたからいいや、なんて、許すと思うかい?」

僕が口を引き結んでそう言えば、ようやく僕の言いたい事を理解したらしいなまえが口元をふよっと緩ませた。

「わたし、今回はまったく、飽きが来てないようでして」
「うん」
「それに、こんなに感情が赤裸々なリドル君を手放すのは、少し惜しいような気もしてまして」
「うん。それで?」
「私の悪戯に、もう暫く、お付き合いしていただけません、でしょうか」

考え付いた言葉をそのまま並べる彼女の手を握る。冷たい。どのくらい僕を待っていたのか知らないけど、この欲に忠実なところは、僕たち通ずるものがある気がするよ。
悪戯続行
600000/悪戯を仕掛け合う リドル