「おーい、ドラコくーん」こちらに向かって駆け寄ってくる彼女を視界の端に捉えたドラコは顔をしかめた。そして振り返った体をくるりとまた前に戻して先を急ぐ。人がまばらな廊下ではドラコがどんなに早歩きしても小走りな彼女は追いつくだろう。考えた傍から、ローブの裾がきゅっとひかれた。


「おはよう、ドラコ君」
小走りで追いついてきたにも拘らず、彼女は息一つ乱していない。ドラコはさらに眉を寄せた。しかし目の前の彼女は不快な気持ちなど微塵も感じていないらしく、ドラコに向けて微笑みかけた。

「僕に何か用か、#name1#」
「特に用はないよ。見かけたから声をかけたの」

ドラコはばっとローブからなまえの手を払いのけた。

「なら話しかけるな」
「どうして?」
「どうしてって…これだから、バカは嫌いなんだ」
「わたしドラコ君より頭いいよ」
「テストの話じゃない!確かに、お前は僕より頭が良いが、ムカつくことに。…それは別の話で」
「?」
「とにかく僕に話しかけるな。お前は」

グリフィンドールなんだから、といつものように言いかけたドラコはようやくある事に気が付いた。なまえの襟元のボタンはひとつ空いていて、いつもそこにあるはずの赤と金のネクタイが見当たらない。


「お前、ネクタイはどうしたんだ?」

ドラコがそう尋ねると、なまえは嬉しそうに笑ってあのねと話し始めた。

「ドラコ君が毎日グリフィンドールがグリフィンドールが、ってうるさいからね」
「うるさいだと?」
「あ。…うるさく言うから、外してきたの」
「バカなんじゃないのか」

ドラコは心の底からそう思った。
だって、そうだろう。
確かに僕はいつも煩く付きまとうこいつに「グリフィンドールが僕に気安く話しかけるな」とかなんとか言って突き放していたけど…でもだからと言ってネクタイを外せばスリザリンになるわけでもないのに。

「おかげで今日の先生みんなに叱られちゃった」

ケラケラなまえが笑うたび栗色の毛が小さく揺れた。
ドラコはそれをしばらく眺めて、突然なまえに尋ねた。


「どうして僕にかまうんだ」
「そりゃ好きだからだよ」
「!」
「え、あれ…何でびっくりしてんの?前言ったよね?」
「いい、言ってない!き、聞いてない!」
「そ、そ…っか、じゃあ…あの、今言った」

口元に笑いをくっつけたままのなまえの表情がみるみる赤くなる。ドラコはさらに赤かった。廊下を歩く生徒達はそんな二人を不思議そうに見遣りながら傍を通り過ぎていく。


「と、とにかく!僕は君の事なんて微塵も好きじゃないから、もう話しかけないでくれ…!」

ドラコはうっかりなまえの事を「お前」でなく「君」と言ってしまったし、口調も思いがけず優しいものになってしまったことをスリザリン生として後悔したが、次の瞬間には、自分が口にしたその言葉そのものを、激しく否定したい気持ちになっていた。

「、…何で」
そんな顔をするんだ。今まで何を言われたって泣かなかったくせに。

「ふ…フラれちゃったなぁ」
「…おい」
「あ、わたし、これから大広間にいくね…ディナーだから、ドラコ君も早くおいでね」

どんどん尻つぼみになる言葉を聞いていよいよドラコは困惑する。俯きがちなその瞳から今にも大粒の涙が零れ落ちてくるのではと気が気ではない。(何故?――知るか)ドラコが内心であたふたしている間に、なまえはたっとドラコに背を向けて大広間へと向かってしまった。


「……僕には、関係ない」

そう呟いたドラコにとってあまり関係なくない出来事が起きるのは、それからまた少し経ってからの事である。







「何の騒ぎだ」スリザリンテーブルについたドラコの隣にさっと寄ってきたパンジーに尋ねる。グリフィンドールテーブルで何か騒ぎが起きているらしい。
「またポッターか?」
「違うのよ」
パンジーは心底嫌そうに顔をしかめて言った。

「ドラコに付きまとってたあの女、さっき大胆告白されたの」
「!!、な」カボチャジュースを吹き出しそうになったドラコだったが、何とかそんな大参事は間逃れた。しかし、
「こ、告白、だと…」
「ええ。ハッフルパフの方からいきなり立ち上がった男子にね。物好きな奴もいるもんね」
「…」

ドラコは言われるがままハッフルパフへ目を向ける。確かに、一人の男子生徒が真っ赤になって立っているのが分かる。(間違いなく100%僕の方が断然格好いい。)そしてグリフィンドール側にできた人垣の中心で、すっかり困り果てているのがあいつだ。

「何やってるんだ…!さっさと断ればいいだろ。」
ドラコは知らずの内に呟いていた。それを聞いてパンジーは絶句しているが、そんなの知った所ではない。今やなまえは周りの冷やかしに押し出されて、例の男子生徒の直ぐ傍に立たされていた。微笑ましく見守っている教師陣には喝を入れたくなった。



「ごめん、急にこんなことして」
「あ……いえ、あの…そのう」
「返事、貰えるかな」

――ノーだ!ノーに決まってるだろ!
いまや広間中の誰もが見つめる視線の先で交わされている会話。隣でキイキイと煩く喚くパンジーはこの際放置だ。

「私、あの…好きな人が」
「知ってるよ。でも、ごめんね……さっき見ちゃったんだ、廊下で」
なまえが大きく反応するのが遠目でも分かった。ドラコの頭になまえの傷ついた表情が過る。――だめだ、

「僕、あいつより君を大事にできる自信があるよ」
「…っあ」
「だから、僕と」


「ダメだ!!」


立ち上がって鋭く言い放ったドラコに沢山の視線が一気に向けられた。ドラコは自分の行動にハッとしたが、驚いて丸くなった緋色の瞳が自分に向いていることに気付いて、凛と背筋が伸びた。(こうなったら、自棄だ。やってやる)


「微塵も好きじゃないって、言ったけど、取り消しだ!」
「ド…ドラコ君」
「君のことは、み、微塵も好きじゃなくないし、そんな奴に渡したくもない。…つ、まり、僕は

 好きだ、君が。」


ドラコが言い切るとたちまちどこからか歓声が湧き上がり(「よく言ったー!マルフォイ!」「君を見直したぜー!」はフレッドとジョージからだ。)ドラコは白い頬を赤く紅潮させた。
――言ったぞ。僕は、言った。もうどうなったって知るもんか。

呆けたように口を半開いていたなまえだったが、彼女はやがて目を輝かせて、幸せを噛みしめるように微笑んで頷いた。
ドラコは思う。これから待ち構える困難にはうんざりだが、知らぬ間に惚れ込んだこの笑顔があれば何とかやっていけるかもしれない。

みっつまで待ってる
558558hit 広間で愛を叫ぶ/ドラコ