「よォし野郎共!出航は5日後だ!食料と酒と船に必要なもんは補充しとけェ!」
「了解!バギー船長」

俺はひと足先に港へ降りて、恐々とこちらを伺う島の住民達の間を颯爽と歩いた。この後は適当な酒場にでも入って盛大に飲むつもりだ。俺を見てこそこそされる会話に気分を良くして、そのまま街を進んだ。恐れられることは、海賊にとって称賛されるのと同じことだ。


「おっと、進みすぎちまったようだな」
気付くと町の外れまで歩いてきてしまっていたようだ。通りを外れちまったらしい。戻るか、と踵を返せば視界の端に小さな花屋が映った。
そこには淡い青色のバンダナをした灰色の髪の女がひとり、こちらには目もくれず花に水をやっていた。
「……俺様に気付かねェとは、気に食わねぇな」
俺はズカズカその女に近付いた。

「おい、ハデバカ女!」

そこで女は始めてこちらに気が付いたようで顔を上げ、首をかしげて少し微笑んだ。

「ごめんなさい。人がいるのに、気が付かなくて」


女の声は小さくも何故かその場に響くような、繊細な色を孕んでいた。一瞬戸惑ったが、俺は笑ったままの女の前に仁王立ちする。

「お前このおれに気付かねェとは、ドえらい事だぜ!」
「気に障りましたか」
「あったりめェだ!こんのスットコドッコイ!」
「ふふ、ごめんなさい。わたし、目が見えなくて」
「そうかァだったら仕方ね…――――っ」
「お詫びがしたいので、どうぞ上がってくださいな。紅茶でも出しましょう」


店の中へ姿を消した女を目で追って、おれは仁王立ちのまま固まった。な、何だよ!あのハデバカ女目が見えねェって!普通に歩いてるしさっきだって花に水やりしてただろうが!
さてはこの俺をダマす気でいやがるな…?
目に物見せてやると意気込んで店に足を踏み入れたものの、その心意気は数分で消沈した。

「今朝焼いたお菓子があるのでどうぞ」
「お、おう」
「ごめんなさい。今、紅茶がアールグレイしかなくて」
「あーるぐれい?」

あーるぐれいって何だ。まあいい、とにかく俺はどうぞと促されるままに椅子に腰かけて想うことがあった。
―――この女、まあったく毒気を感じねェ!
そもそもこいつ俺が誰だか知ってんのか…?


「…お前、ほんとに目が見えてねェのか?」
「ええ」
「俺の顔もか?」
「残念ながら」


どうやらほんとうらしい。おれはフーンと事もなさげに相槌をうって、女の作ったという菓子に手を付けた。

「ハッデウマじゃねェか!」
「はっでうま…ふふ。ありがとうございます」
「一人で作ったのかよ」
「慣れれば、目は見えなくても生活はできるんです」
「…おめェよ」
「はい?」

「目が見えないんだったら、こんな簡単にオトコ家に入れんじゃねェよ!」


って俺は見ず知らずの女に何を言ってんだ!慌てて何か付け足そうと言葉を探したが、それに辿りつく前に、もう何度も聞いた、耳触りのいいアルトが鼓膜を撫でる。

「だいじょうぶ、ですよ」
「大丈夫ってお前」
「何かひどい事をされそうになったら舌を噛む覚悟は、とっくに出来ているんです。それに勘は冴えてる方でしてね」
「…勘?」
「ええ、だってほら」


あなたはいいひとでしょう?投げかけられた言葉に、さすがの俺も言葉を失くす。だがその後すぐに頭を振って思考を取り戻す。

「だ、ばっ…俺は海賊だぞ!?」
「まあ」
「マア、っておめェは!どこまで呑気なやつなんだよ。道化のバギーってなァおれのことだ!」
「じゃあバギーさんっていうんですね」
「そうそうバギーさん、って違ェだろうが!少しはハデに焦ったらどうだよ」
「そんな、今更でしょう」
「………はあ、ほんっとに肝ったまの座った女だぜ」

俺はガタンと椅子に座りなおして、未だににこにこと笑みを浮かべたままの女を見た。あ、そういや名前聞いてなかったな


「なまえです。わたしの名前」
「なっ何で聞いてねーのに解かったんだァ!」
「頃合いかなって。目が見えないぶん空気を読むのはじょうずなんですよ」


女、なまえは俺が海賊だということにも道化のバギーだということにも驚かずに、しまいには紅茶のおかわりまで進めてきやがった。やっぱりどっか抜けてる。こうして俺は盲目のこいつに出逢ったのだった。


***


「なあバギー船長最近昼間どこ行ってんだ?」
「何でも女のとこ行ってるらしいぜ!それも超別嬪の」
「マジかよ!」
「さすがバギー船長だぜ」
「だけど今日出航だろ?どうすんだろうなあ」


***

「よォ」
「あ、バギーさん!待ってましたよ。今日はどんなお話聞かせてくれるんですか」
「…今日はハデに俺様の武勇伝聞かせに来た訳じゃねェ」
「だったら……、ああ…出航ですか」
「相変わらず良い勘だな、てめェはよ」

悲しげに視線を落とすなまえを見て、バギーは珍しくうろたえた。なんせ今まで出航といえば喜ばれ、こんなふうに悲しまれた事などなかったからだ。


「俺の船に乗ってもいいんだぜ。ハデに歓迎してやるよ」
「いえ。わたしがいても足手まといになるだけですから…」

なまえはゆったりと店に入り、レジの隣に置いてあった花をそっとバギーに手渡した。


「フリージア」
「…」
「花言葉は憧れと、期待です」

なまえははちり、と一度だけ瞬きをした。髪と同じ灰色には光が滲みおれはハデに綺麗だと思っちまったわけだ。ついでにこの5日間でいちばんに愛らしい笑顔もつけてなまえは口を開く。

「ここで待っていますね、バギーさん」


「…おう。最高の土産話も期待してやがれよ、
なまえ」
「はい!」
そうして惹かれあうには
(居留まった5日間は十分すぎた)