「お前、それ」 息をのんだ声が、言った。 私はバッと振り返ると、ドアの所で立ち尽くしているエース。――見られた。 裸を見られたことなんてどうでもいい。死んでも、死んだその後だって、見られたくなかったものを、私は見られてしまった。 「…ッ!!!」 「、なまえ!」 手に持っていたシャツに急いで腕を通して、前を両手で押さえながらドアに向かって突進する。慌てたエースが受け止めようとしたけど、片腕でそれを突き飛払って部屋から出た。 「み、られた」 あいつらの、あの気持ち悪い歪んだ笑みが蘇る 「見られ、た」 吐き気がする 頭が、割れそうなくらい痛い 震えが 止まらない 「も…う」 ここにはいられない。 「オヤジ!!!大変だ」 「…グラララ。何事だ?」 「なまえの奴が海にっ……!!いいから、とにかく来てくれ!」 バタバタと走り去っていったマルコの様子を見て、深く考え込んだ白ひげは小さく呟いた。…潮時、だなァ。 ::: 「げほっ、はっ……いや、ぁ」 「なまえ!バカヤロウ、お前何考えてんだ!」 「は、なして…!イゾ、ウ」 私を抱え上げるイゾウの腕から暴れて離れた。全身からしたたり落ちる海水が邪魔で鬱陶しくて仕方ない。甲板の船縁側にはイゾウとサッチ、それからマルコが立っているから、もう身を投げる事はできない。 「いきなりどうしたってんだよい!」 「こんな時期の海に飛び込むなんて、死んじまう!」 「なまえ!!」 人垣から転がり出てきたエースは、崩れるようにして膝をつき、頭を下げた。 「なまえ、悪かった!!俺」 「…エースてめェ、なまえに何しやがった!」 今にもエースに殴りかかりそうなサッチを、私の声は遮った。 「やめて!!」 分かってる、エースは私を呼びに来てくれただけ。それで、偶然着替えてた私の背中が、見られただけ。だけどそれでも、私はもうここにはいられないよ 「もう、だいじょう、ぶ!…だから、私」 だから、ここしか生き場がない私は 「もう…さよなら だよ」 死ぬしかない、よ。 首元に振り下ろしたナイフは私の動脈を突き破る前に何かに遮られて止まった。少し遅れて、私の思考はようやくそれを認識する。 「…、なんで。…血が、でてるよ、エース」 「こんなの痛くねぇ」 エースの二の腕に深々と突き刺さったナイフの柄から、私の手は震えながら離れた。 ナイフの柄を掴んだエースが、それを一気に引き抜いた時、すぐ目の前にあるエースの喉が僅かに上下したのが見えた。 「…ご、めんなさい」 ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい、口から出るのは謝罪ばかりだ。震える体を抱きしめた私は、ただひたすら謝った。 奴隷だった私が何も知らないあなた達と旅をしていて、ごめんなさい 一緒に冒険して、笑ったり怒ったり、楽しい思いをしていて、ごめんなさい あげく、勝手に死のうとして、ごめんなさい あなた達の大事な仲間を傷付けてしまって、ごめんなさい、今までずっと、騙してて 体を包む暖かいもの。はっと息をひそめると、エースが私を抱きしめている事に気が付いた。エースだけじゃ、ない。 私の両手はマルコがぎゅっと握っていたし、背中に添えられているのはハルタの手だ。 「ここにいてくれよ」 「…え」 「俺達、お前が好きだ…ばかやって、かっ騒いで、よく笑う、お前が」 「私…っみんなを、騙してたの」 声が上ずる。言葉を紡ぐたび、喉が苦しいくらい痛くなって、涙があとからあとから頬を伝った。 「違う、お前は、騙してたんじゃねぇ。…言わなかっただけだ」 「でも」 「俺達は!!」 エースは私の肩をぐっと掴んだ。 いつもの、悪戯っ子みたいな笑顔とは到底かけ離れた、情けない笑顔を私に向けて言う。 「俺達は、家族なんだ…!」 それから、怪我をしてない方の腕を伸ばして私の頭をなでると、泣きそうな声で「辛かったな」と絞り出すように呟いた。私の手を握る力も、ぎゅっと強くなる。 「ほんと、よく頑張ったよい…なまえ」 「マ、ルコ」 「…忘れんなよ」 「、サッチ」 「ここにいる全員、何聞いたって、お前を嫌いんなったりしねぇんだ」 「…っ」 顔を上げる。私達を囲むようにして、皆がいる。 ――想像していた蔑んだ瞳はひとつたりて、そこには存在しなかった。 「グラララ、…そう言う事だ」 「オヤジ」 「なまえ。お前の選んだ居場所だろうが」 オヤジの声は静かだったけど、 その言葉の一つひとつは重く 「だったら、おめェ…――そう簡単に 諦めんじゃねェよ」 私を、心の底から安心させた。 「み、みんな、今まで、うぞ、ついでて……ごめんね…っぇ!!あと 家族に、なってくれで、ありがとう…!」 エースは笑った。マルコも、サッチも、皆が笑って、顔を見合わせた。 この船に、オヤジに、皆に出会えた私はきっと世界で一番の幸せ者だと思った。 泣かない明日 557557hit 奴隷な女の子と家族/白ひげ海賊団 |