「決断の時は来た。俺様は、行かねばならん」
重々しく口を開いたヴォルデモート。なまえはいやいやと首を振った。
その目じりには涙すら浮かんでいる。
そんな二人を遠巻きに眺めるルシウスの表情もまた、悲痛に歪められていた。――嗚呼、何故…


「だって、約束したのに…!!」
「…すまない」
「私より、先にいくなんて…っやだよ」
「それを決めるのはお前だ、なまえ」

ヴォルデモートの冷たい手がなまえの頬を撫ぜた。

「俺様の運命は、お前の掌にある

さあ…決めるのだ。」

微笑したヴォルデモートの言葉に促されるようにして、なまえの震えた指先が宙を彷徨った。
周囲の張りつめた沈黙と、自身の指先に注がれる視線になまえの肩は強張った。――そして











「またジョーカァァアアアアア!!!」

私は引いた手札を凝視して卒倒した。このピエロは何度私の手に舞い戻ってくれば気が済むのだろう。

「フッハッハ…!貴様如きがこの俺様に勝とうなんて100億万年早いわ」
「こ、これで、これで16連続…」
「ババを選りすぐる能力でもあるんじゃないか?」
「うう、うるはい!卿のうそつきっ」
「俺様は『手を抜いてやる』とは言ったが『負けてやる』とは言っておらん。さあ早く俺様にカードを引かせろ」
「このパターンもう嫌だ!絶対卿当てるんだもの!100発100中だもの!」
「2分の1の確率で16回も外すお前の気がしれない」
「我が君…お言葉ですが。……そろそろ飽きてまいりませんか?」


広い広い屋敷の一室、ヴォルデモートの自室にて、それは行われていた。

「やだ!絶対ひかせないかんね!」
2枚のカードを懐に抱えるなまえ。
「もう運命は決まっておるのだ。」
1枚のカードをこちらにチラつかせながら嘲笑うヴォルデモート。
「…我が君、帰ってもいいですか」
一抜けして完全に手持無沙汰なルシウス。

この状況に至った原因を説明するためには、物語を少し遡る必要がありそうだ。



……



「うんたったー、うんたったー」リズミカルな歩調で廊下を歩くなまえ。
そんな彼女とすれ違ってももう殆どの死喰い人は、驚愕に目の色を変えたり、侵入者かと疑ってかかったりしなくなっていた。彼女はすっかりこの屋敷に馴染んでいたのである。

「それにしても暇だなー」

ナギニを木の棒でつついて遊ぶ事には飽きてしまったし、図書館に行って勉強する気は毛頭ないし、呪文の練習はしようにもギャラリーがいないと盛り上がらないし、飛行術に関しては箒がないし……あー!とことんヒマ。

あまりの暇さに奇声を上げかけたところで、廊下の先からルシウスが曲がってくるのが見えた。…ふふふん。


「ル・シ・ウ・スーン!」

私の存在を認識したルシウスは、顔を思いっきり歪めて(あんまりだ)回れ右をした。あんまりだ。

「ちょっと逃げんな!なぁなぁ遊ぼうやー。うちと遊んでくれやぁ」
「キモいですなまえ様。早々に立ち去れ」
「出会い頭に辛辣だよこの子」
「私は貴女様のような暇人に付き合う気は毛頭ございませんので」
「はっきり言うな!傷ついちゃうよ!」
「どうぞ。それでは」
私は先を急ごうとするルシウスのマントにしがみついた。
「英国紳士はレディファーストって聞いたんだけど!?」
「残念ながら私はロードファーストですので。我が君第一」
「え?何じゃあルシウス卿んとこ行くの」
「…ええ」
「じゃあ私も行く。そんで3人で遊ぼう!そういやこの前死喰い人の一人にトランプもらったからソレしようよ!」
「チッ(余計な真似を)」
「ねえルシウス最近気持ちがドストレートだよ…」

以上のやり取り+@で卿の部屋での討論を経て、私達のババ抜き合戦は始まった。最初は嫌々やっていた2人が(主にヴォルデモートさん)今こんなに嬉々としているのは、面白いくらい私が負け続けているからである。


「くそう…こうなったら必殺技ァっ」
「我が君、なまえ様…。紅茶を淹れてまいりますので…失礼します」
「る、ルシウスこのやろう!私の必殺技を前に敵前逃亡か!」
「いやもう勝負は目に見えてるので」
「ああ。」
「何だとォォ!見ろ、このスーパーシャッフル!!」

バタン。
ル、ルシウスの奴あたしのスーパーシャッフル(高速で二枚のカードを混ぜる)を見ないで行きやがった。帰ってきて卿が負け嘆き悔しんでる所を目の当たりにするがいい!ぎゃふんと言わせてやるわっ!

「さあ!引けェェェ!!」
すっ
「ダイアの2。上がりだ」
「ぎゃふんっ」

0勝16敗

「ぐす…ふーんだ…もうえーわい。どうせ私のチンチクリンな脳みそじゃ卿のババ抜きスキルには到底追いつきませんよう…」
「分かってるではないか」
「…。」
「第一お前は顔に出過ぎだ。焦ったら上唇噛む癖も」
「ぐっ」
「ババの位置を視線で何度も確認してるのも」
「うぐっ」
「直さん限り到底勝負にならん」

がっくり項垂れた私。か、完敗。この人の洞察力に勝るものなんてきっとこの世に存在しないんだ。
ババ抜きでこの様なんだから、同じ理由でスピードもダウトも勝負にならないだろうし、神経衰弱なんてやった暁には私が衰弱する。


「分かったら部屋に戻れ。子供はもう寝る時間だ」

私がひっ散らかしたトランプをトントンと揃えてテーブルに置くと、ヴォルデモートさんは自分の椅子に腰かけて資料に目を通し始めた。ここから先は本格的な放置タイムに入ることを私はよく心得ている。


「はーい……」

負けっぱなしで後味最悪だけど、ここまで付き合ってくれただけ有難いと思うべきか。
トランプの箱をポケットに押し込んだ私はのろりと立ち上がってドアに向かった。ルシウス紅茶持ってくるとか言ってたけど…アレ完全にばっくれたな。明日会ったらコテンパンにしてやる。

「なまえ」

そう静かに呼び止められて振り返ると、羽ペンを走らせたままのヴォルデモートさんは言った。


「明日も暇すぎて死ぬようならば…ここへ来るがいい」
「…?」
「チェスの相手をしてやる。」
「!」
「心理戦はこれからの戦闘にも役立つだろうしな」と後付のような理由も告げて。ヴォルデモートさんの羽ペンは、さっきから一向に進んでいなかった。

「っ…うん!ありがとう、ヴォルデモートさん!」
「勉強は昼間のうちにしておけよ」
「お母さんか!」
「呪文の練習もだ。ルシウスもつけてやる」
「お言葉ですが我が君!私にも予定がございます!」
「ルシウスばっくれてなかった!それと何で涙目で拒否するんだ」
「俺様たっての願いだが」
「…お引き受けいたします」
「心底嫌そうじゃんかコノヤローめ!」
「ほら、早く部屋へ戻れ。明日は寝坊するんじゃないぞ」
「お母さんか!」

卿の部屋からほっぽり出されてしまった私だったが、口元はずっと上ずったままである。――ヴォルデモートさんが頼みもしてないのに遊んでくれるなんて、滅多に無い事だもの!

たのしみ、だ…!


「うんたったー、うんたったー」

ほっぷすてっぷ
鼻唄を歌いながら、笑顔でスキップ。さすがに変な目で見られたけど、何でか今はあまり気にならなかった。

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