大丈夫。こんなの慣れっこだもの。あんな何もできない無能な上司から嫌味な小言一つ二つ聞かされたところで傷つく程やわな心じゃないから。大丈夫。例え私のミスじゃなくたって、ダメな同僚の代わりに怒られるくらいしてあげる。だって私はできる人間だから。大丈夫、大丈夫


私は深く息を吐いて玄関の取っ手を握った。凍るような冷たさに指先が痺れたが、ほっぺたには笑顔をくっつけた。


ガチャ


「ただいまー」
「おう、寒かったろ」

キッチンから顔を出したキッドは片手にお玉を持って、人差し指で私を呼んだ。何か作っていたらしい。呼ばれるままに傍へよれば、小皿に取り分けられたシチューを渡される。


「ふふっ、キッドが料理なんて珍しいじゃん」
「た、たまにはやってやろうかと思ってよ」
「…ありがと」

いただきます、と一声かけて小皿を傾ける。口の中にとろりとした温かみが広がって、私はお腹が空っぽであることをようやく思い出した。

「美味しい!」
「よし、じゃあ着替えてこいよ。用意して待ってる」
「はーい」
「…なまえ」

キッチンを出かけた私はキッドに呼ばれて振り返った。
な、なんだろう…。少し怒ってるような?

「な、なに」
「来い」
言われるがまま近づくと、腕を引っ張られてそのままキッドの胸に飛び込んでしまった。灰色のスウェット越しに、キッドの体温を感じる。キッドは私を少し離すと大きな掌で両頬を覆った。

「冷てェ…」
「きっ」
「なまえ、今日何かあったか?」
「!」動揺が顔に出てしまったらしい。キッドはやっぱり、とどこか不服そうに眉をしかめた。

「別に、言いたくなきゃ言う必要なんざねェけど、お前の場合無理に笑ってんのがバレバレなんだよ」
「…キッド、」
「ならまだむすくれたブタみたいな面で帰ってこられる方がマシだ」
「ぶ、ブタってそんな」

「オイ…いつまでもソレで笑ってるつもりなら、今ここで服ひん剥いて俺が直々に体温分け与えてやっても構わね」「ごめんなさい!」

私がようやくほっぺたから笑いを取り去ると、キッドは両頬から手を放してもう一度私を抱きしめた。呆れたような溜息が頭上で落とされる。

「頑張りすぎだ、テメェは」
「うぐ…や、やめて、泣いちゃう」と、私の声はもうすでに震えている。

キッドは笑った。
「泣いちまえ。…素直なお前に 俺は惚れたんじゃねェか」


くそ、キッドは私の涙腺を緩める達人だ…!
結局、わんわん泣く私の背中をキッドはずっと叩いててくれた。私が泣きやむとキッドは暖かいシチューを二人分よそってきてソファに並んで二人で食べた。シチューはおいしすぎて、またちょっとだけ涙が出た。


真冬の癒し方
「…キッドが泣きたくなったら、言ってね」
「ならねェよ」
「今度はあたしが抱きしめて、いいこいいこしてあげる」
「……じゃ、なるかもな」

492000hit 同棲する話/キッド
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