「ぼぼぼぼ」
「?」

顔を真っ赤に染めたドラコは一度口を閉じて、すうはあと深呼吸して見せた。何なんだこいつ…ぼぼぼ?頭上に疑問符をいくつも浮かべる私を前にして、ようやく口を開いたドラコは妙に澄ました様子で咳ばらいをした。うん、何かもういろいろ遅いよね。


「おい、ぼっ、僕と…ホグズミードへ行くぞ!」
「いいよ」
「!」
「なに。断られると思ったの?」
「お…思うわけないだろ!この僕からの誘いだぞ」
「そのわりに声ひっくり返ってたけどね。3回転くらいしてたねアレは」
「うう、うるさい!さっさと行くぞ」
「何これ?何でドラコあたしの手握ってんの。なに?これ?月刊マーガレット?」
「ほんとにキミ黙っててくれないか」

そんなこんなで、ドラコとホグズミードに行くことになりました。



「うーわーあ」
「…」
「うわっ、うおー」
「何に興奮するとそんなことになるんだ」


ホグズミードってどうしてこんな乙女心くすぐるようなものばっかりあるんだろう!こら!ハニーデュークス!あたし買わないかんな、絶対買わないかんな!ダイエット中なんだから。乙女の女磨きにおける鋼鉄のプライドなめんなよあーホワイトアップル風味冬限定ふんわりブリュレおいしそー「ダメダメじゃないか」あ、声に出てたか。

「恥ずかしい葛藤を繰り広げてる間に着いたぞ」
「ふひー、やっとか」


ドラコは右手でドアを押さえて私が入るのを待っててくれている。こういうとこ無駄に紳士なんだよねー。モテるわけだ。心の中で悶々と考えていると、頬の脇を何かが通り抜けた。なぁんだピクシーかビビらせやがってバーカ。…ピクシー?


「なぜ妖精さんが喫茶店に」
「この店は来る者拒まず去る者追わずがモットーだ。たとえ例のあの人でも入りたければ入れる」
「おっかね」
「さあ、早く入れ寒い」


ドラコに催促されて店に踏む込むと、焼き立てのパンの匂いが鼻腔を満たした。ぐるるる、お腹が唸る。

「パン屋さん…!」
「好きなものを頼め。今日は、僕がおごってやる」
「わーいやったありがとう!」


ショーケースに並ぶ様々なパンを見つめて、なまえは目を輝かせた。その様子を横目で眺めながら、ドラコは自分の頬が次第に染まっていくのが分かった。
ショーケースの中に、一か所だけ雪の降る部分がある。もちろん粉砂糖だが、なまえはそこから目を離せないようだ。その理由を、ドラコは知っていた。


「……決めた!これにする!」
「それだけでいいのか」
「うん。これがいい」
「だろうな」つぶやいたドラコは、さっさと品物とホットココアを二つ頼んだ。私たちは窓側の席に着き、ココアが運ばれてくるのを待った。

「…」

白く丸いやわらかそうな生地のパンの上に薄く積もった砂糖をぼんやり見つめながら、なまえは些細な既視感を覚えた。…いつだったか、こんな景色を見たことがある。ような気がしなくもない。

「うーん…」
「どうしたんだ。食べないのか?」

運ばれてきたココアをすすりながら、ドラコは首をかしげる。

「食べる。いただきます」

真っ白い生地はかじるとひやりと冷たかった。中のクリームはとろとろ溶けて甘い。私の説明力ではとうてい補えないほどの美味しさだ。
なまえは頬張りながら、幸せそうに目を細めた。


「White sweetness」
「え」
「そのパンの名前……覚えがあるだろ?」

覚えがあるかって、あたりまえだ。昔、ホグワーツに入学するずっと前に私がドラコに作ってあげたパンの名前がそれだった。とは、言っても、推定4歳の女の子がママに付きっきりで教えてもらいながら作ったパンである。生地は固かったし中に入れた生クリームは色んなところからはみ出ていた。


それでも、早くドラコに食べさせてあげたくて、向かいのドラコの家までお皿に乗せたそのパンを大事に抱えて持って行った。その途中で、ふと私は思ったのだ。


―――あんまりかわいくないな


そこで、しんしんと雪の降りやまぬ空を見上げてひらめいた。何を…とはもう言うまでもあるまい。


「カチコチだったパンがさらにカチコチになってて、あの時僕は本当にどうしようかと思った」
「でも、食べてくれたじゃない」
「…味はまぁまぁだったからな」
「うそ。美味しいって言ってくれたもん。あの頃のドラコは素直で可愛げがあったなぁ」
「可愛げなんてなくて結構だ」


つんと横を向いたドラコ。

「もしかして、私にこれを見せるために?」
「違う」
「違うのか…しょんぼり」
「う、嘘だ、そうだ!これを君に見せる為に誘った!悪いか!」

僕に何を言わせるんだ!と内心で憤慨しながら肩で息をするドラコをなまえはじっと見つめた。――いつの間にか、こんなに格好良くなって。私のお向かいさんは、背もぐんと高く伸びて目に見えて大人になっていく。


「……嬉しくないのか?」
「うれしい。覚えててくれたのも、私をここに連れてきてくれたのも、凄い嬉しいよ」

ありがとう、とほっぺにキスをするとドラコはたちまち真っ赤になった。中々どうして、シャイボーイは相変わらずらしい。私は残りのパンを口に放り込んでココアと一緒に飲み下した。ごっくん。あー…美味しかった。


「ごちそうさまでした」
「それじゃあ出ようか。凶悪犯が入って来て店をレダクトするその前にね」

ドラコの変な冗談にくすっと笑ってからお店から出た。昔からドアコは冗談好きだったなとか悪戯大好きだったなとか思い出しながら歩いていると、すぐに人とぶつかりそうになる。慌てて避けるとギロッと睨まれてしまった。
呆れ顔のドラコは、「あいかわらずバカだな」と思ってるに違いないまだ言ってこないけ
「お前は変わらずバカだな」
「言われた!」



後方でドカンと空気を裂くような音が聞こえ、私たちがさっきまでいた店を半壊させた。――どんな犯罪者でも。ドラコの声が耳に残る。ドラコは私の腕をとって、風のように、走って、走って、走り続けた。その最中で、ドラコは楽しげに口元を緩めた


「な、あ!」
「…なっ何?」
「また来よう。来年も、雪が降ればすぐに」

どこか弾んだ声の調子。なまえは「その前にあの店が直ってからじゃない?」かとも思ったが、そこはあえて何も言わずに頷いておいた。また来たいのは一緒だからである。


「うん、そうしよう。その時は」
「…?」
「もっと上手に私を誘えるようになっておいてね」
「な!う!う…煩い」

小さく眉を寄せたドラコの手を引いて、今度は私が歩みを進める番だった。そっと横目で彼を見て「怒って無口になるところはあんまり変わってないな」と思い返しちょっとだけ笑った。
White sweetness
ほのぼのホグズミードデート/ドラコ
×