甲板にころりと寝っ転がって体中に太陽の光を浴びる。ざぶん、ざざ、と波が船を優しく揺らすたび、なんだか揺りかごに乗っている気分になって、わたしはうとうとと眠気に誘われた。

今日は海が静かだ。
お昼寝が終ったら船内のお風呂にお湯を張って、昨日街で買ってきたラズベリーの入浴剤を入れよう。お風呂から出たらふかふかのベットでまたお昼寝して、自分の時間をいっぱい満喫するんだ…!


「おい、なまえ」


空想にふけって、むふふ、と微笑む私を現実に引き戻したのはローさんだった。目を開けると気持ち悪そうに顔をしかめながら私を見下ろす彼と目が合う。

「何やってんだ」
「ひなたぼっこ」
「随分と暇そうだな」
「冗談!あたしは今日しあわせプランでいっぱいなんです」
「丁度良い。街へ出る、ついて来い」
「しあわせプランは!?」
「保留」
「もううう!バカ!横暴!ケーキ奢ってくれなきゃイジけますよ」


すたすたと歩みを進めるローさんに続いて船を下り、何度目にもなるこの港の地面を踏みしめながら、私の幸せハッピータイム企画に涙してさようならを告げた。そうなれば心の切り替えとは早いもので、わたしはさっそく街に立ち並ぶ店達を眺めた。

「どこ行くんです?」
「本屋」
「!」
「…なんてな。今日は、別に決めてねェ」
「(ほっ)そうなの?」
「お前はどこ行きたい」
「シャボン」
「人混みとアトラクションがあるところと人さらいが居るところは、ナシだ」
「…じゃあケーキ屋さん」
「持ち帰りな」
「アイアイ!」


この街で美味しいと評判のケーキ屋さんで苺タルトを二つ買った。丁寧にプラスチック製のフォークを付けてくれたので、わたしとローさんは海と街の両方良く見える穴場を発見して、そこで食べることにしたのだ。


「おいしーっ!」
「…甘いな」
「牛乳とか欲しいですね」
「ガキかよ」

そう言って綺麗に笑ったローさんは、そのまま草むらにころりと寝っ転がって、帽子を目の元にずり下げた。そよそよ、潮の匂いをほのかに漂わせる風と春特有のあたたかな日差しの下の沈黙は、ひどく居心地の良いものに感じられる。はくり、またひとくちタルトを頬張って、もぐもぐしながらローさん、と呼びかけた。

「すきでーす」

「…知ってる」


ほんとうは、ね

ラズベリーの入浴剤より。ふかふかのベットでおひるねより。――なによりあなたとの時間がたいせつなんだよ。恥ずかしいから、言わないけどね。