ローさんの屋敷を出てから二週間が経った。
結局のところ、ローさんのお屋敷からもその他の色んなところからも、彼詐欺師だという証拠は出てこなかったそうだ。だから警察に捕まってもいない。ローさんはきっとまだあのお屋敷にいるんだと思う。
わたしの方は、実家に帰って暮らしていた。詐欺にあって一文無しになった娘を、両親は怒りながらも温かく迎えてくれた。


ぶっちゃけたところ、私、けっこう泣いた。
だってローさんは私にとっては優しくて親切な人で、いつか恩返ししたいランキングナンバーワンの人だったのだ。
それに、お屋敷の人もきっと皆グルだったんだろうけど、でも、…でもね、―――皆優しかったのだ。
私は、外面に騙されたバカな女なのかもしれない。
自分でもそう思う。
わかってる、けど、私は、ローさんや、あの屋敷にいるみんなの事が好きだったのだ。外面でも何でも、あの人達は本当にいい人達だったのだ。



「なまえ、アンタは本当にバカね。」

友達は口を揃えてこう言った。

「まんまと詐欺師に騙されて、あげくその家でなーんにも知らずに呑気にお世話になっていたなんて本当にバカ。」
「まあ、何もされなかったのが唯一の救いだけど」
「相談事務所の人が来なかったら、オマエ絶対ババーになってもそこで暮らしてたぜ」
「本当にバカな子だね、きみは」
「あげく、」
「一番大事なものは盗られたまま。まだ返してもらっていないなんてね」



結局。この二週間は、長くて、短いような、面白みに欠けるつまらない日々だった。ただ、それは私にとって決意の時間。――人生の為になるイイ経験をした、と。涙を呑んでそんな言葉で片付ける前に、私には一つすることがある。














なまえがこの屋敷を出て行って三週間が経った。俺にとっては長くも短くもない、面白みに欠ける日々が続く。


「ボス、入りますよ」
「もうその呼び方は止せと言ったはずだ」
「キャプテン。」
「…」
「あんた、そんなに落ち込むならいっそ会いに行ったらどうですか」

ペンギンはそう言いながら、俺の前のデスクにコーヒーのカップを置いた。

「そもそも、遅かれ早かれ、いずれは告白するつもりだったんでしょう」
「…ああ」
「まったく……不器用な人だ」
「少し口を閉じてろ、ペンギン」
「はいはい」

ペンギンが出て行き、部屋にはまた俺一人になった。(情けねぇな)
あんなやり方を選んだのは、飽きたらすぐに捨ててやろうと思っていたからで違いねぇ。オトして飽きれば、嫌われようが憎まれようが、俺の胸はちっとも痛まないと思った。
だが、どうだこの様は。アイツが逃げるように出て行ってから、俺は仕事も何もかもすっかり面倒になった。


あいつは、なまえは、俺の思った通り、やっぱりバカだった。だが、俺の思うより、ずっと


「トラファルガーさんのおかげで、心があったかくなりました。」
「自分の非を認められる人が、悪い人なわけがありませんもの」
「ローさん、起きてください!」
「ローさん!」

「いってらっしゃい、ローさん」




「会いに、なんていけるはずもねぇ」



ローは目を閉じて、そう小さく溢した。自分がこんなにも、後悔するだなんて思わなかった。―――あいつの傷ついた顔を見るのが、あんなにも痛ぇとは…、

「………?」

廊下が少し騒がしい。ベポがまた何かやらかしたのだろうと、大体の予想をつけてみるが、何故かその騒がしさはこの部屋に近付いているようだ。
わずかに腰を浮かして、ものの数秒で事態は急変した。


バァン!!



勢いづいて開けられたドアの向こうで、両腕を突っぱねているスーツ姿の女には見覚えがある。

「……―――なまえ!?」




ドアの影には、困惑顔のシャチや、真っ青なベポ、どこか楽しそうに様子を伺っているペンギンの姿がある。
一方で唖然と固まる俺だったが、目の前のデスクにダンっと置かれた紙の束に意識が覚醒する。何でお前がここに居る。何だこれは。いろいろ聞きたい事がありすぎて、だが何から口にすればいいのか分からず、結局は黙ってなまえを見上げた。


「わたし、就職したんです。」
「は」

罵詈雑言が飛び出すかと思われたその唇から出た、そんな言葉に、まあ素っ頓狂な声が出たのは仕方あるまい。
なまえは顔を上げない。俯いたまま、続ける。


「詐欺専門の法律事務所に。」
「………」
「これは、被害の前例とか、手口の基本、種類、だとか、それを県別にリスト化したものだとか……詐欺に関する色んな資料です。」

分からない。
こいつは何を言いに来たんだ。

「……俺の訴状でも作りに来たのか」
「…いいえ。ローさんは、きっと凄腕なんでしょう。証拠も痕跡も、お金の動きもまるで掴めないんだもの」
「だったら」
「だから、ローさんをどうのっていうのは、私がもっと成長してからにします。――――今日は、質問に来ました。」
「質問、だと」
頷かれる、が、まだ目は合わない。

「ある、前例の無い被害について。ローさんの意見を仰ぎたいんです」

ここで初めて、なまえが顔を上げた。
俺は静かに息を飲む。


「ある詐欺師は、一人の女の子のお金をまるごと全てかすめ取って行きました。」
「…」
「そして、女の子はお金も住む場所も、何一つなくなってしまったのです。」
「、」
「―――しかし絶望的な彼女の前に、なぜかその詐欺師は姿を見せました。」

なまえは今にも零れそうな涙を必死でこらえながら、震える声で続けた。


「そして、彼女にめいいっぱい優しくして、っ……彼女が持っていた唯一の大切なものも、すっかり取り上げてしまったのです」


立ち上がった俺から逃げるようにして一歩下がったなまえの腕を掴む。
デスク越しに、なまえはついにしゃくりをあげて泣き始めた。俺は、笑いたいような、泣きたいような、そんな妙な気分になりながらなまえの言葉の続きを待つ。

「―――…っわたしを騙したローさん、を!


それでも大好きになってしまったわたしは、どうすればいいんでしょうか…!」










「…バカだ、お前は」

俺は両手でなまえの頬を包んで、顔を寄せた。

「―――惚れた女を、あんな手段でしか手に入れられなかった、馬鹿な男と同じくらい。」
「…!」
「……なまえ。」


俺の勝手な推測だが、おそらく。
その詐欺師は、自分に誠実なその女に償いたいと思ってるはずだ。女と向き合って、全てを話し、同じくらい誠実に接してやりたいと。
だってそいつは生まれて初めて、己の行いを後悔したはずだから。


「お前さえよければ、…俺にもう一度チャンスをくれ」
「ローさん」
「……お前がいなくなって嫌って程分かった。もう、お前無しじゃ無理そうだ」
「!!」
「だから、」

覗き込んだ目に、語りかけた言葉は本心だ。
なまえはそれを見透かしたように、じっと俺を見つめ返した。


「駆け引き無しで、お前を愛してみてぇ」


詐欺師は静かにを謳う
ねえ、ローさん。わたしはあなたを知っていますよ。
不器用で、優しい。愛情の紡ぎ方が下手くそなあなたを。だから安心して、本当のローさんに会わせてください。―――約束ですよ。