「俺は仕事がある。なまえ、今日は家で好きなように過ごせ」
「はーい!いってらっしゃい」
「くれぐれも、外には出るなよ」

そう念を押してローさんや皆はお屋敷を出て行った。残ったのは、使用人の人が数人と私だけだ。
ローさんは外出するなとよく念を押すけど、別に私は行きたいところもないし、このお屋敷にはやる事がたくさんあるから別に外に行く気はあまりない。ローさんも、私がかなりおっちょこちょいな間抜け野郎だから、心配してくれてるんだろう。ほら、犬の放し飼いはちょっとハラハラするし。

「って私は犬か!」

ひとりでツッコみながらお風呂掃除を始める。
ただでさえ綺麗なお屋敷の浴室は、ちょっとした豪華ホテル並の綺麗さである。初めて見た時はマジでたまげた。私のアパートのバスルームとは大違いだ。

――ピーンポーン



「ローさんかな」

バスルームと玄関はそう離れてもいない。泡にまみれた手をシャワーで洗い流してから玄関に向かった。
(……アレ?ローさんじゃないな)玄関には既に使用人さんがいて、何やら訪問者の人とモメているようだ。私が顔を出すと、困り切った様子だった使用人さんの表情が驚愕に変わった。


「あっ、なまえ様!!」
「いえあの、様はいらないん」
「そんなことより!!!お部屋にお戻りください!早くしないとロー様に、アッ」

バターンと扉が開き使用人さんがよろめきつつ悲痛な声を上げた。外から入ってきたのは、黒スーツの男の人。
「ああ!あなたは、相談事務所の」
「やっぱりここに居たんですね!」
「え!?」
「探していたんですよ!それより、早くここを出ましょう」
「ちょ…何するんですか!」
相談事務所の男性は、私に必死な顔でこう言った。

「この屋敷の当主、トラファルガー・ローが、あなたの財産を奪った張本人だという情報が入ったんです!!!」





私、ぽかーん。


「……いや、いやいやいや!無いですってソレは」
「何故ですか!」
「だってローさん、とっても親切な人なんですよ?彼は路頭に迷う私を救ってくれた優しい人なんですから!」
「人間外面なんてどうとでもできます!」
「じゃあ、ローさんが詐欺師だっていう証拠はあるんですか」
「……っそれは、まだありません。何しろ、手口が鮮やかでひとつも痕跡が残っていないんですから」
「じゃあ、断言なんてできませんよね」そもそもなぜローさんが詐欺師、なんて仮説が上がったのかも不思議なくらいだ。あんなに親切でお人好しな人なのに。

「ですが、ある人物からタレ込みがありましてね」
なんてまるで刑事のような口調で男性は話し始めた。
「西の街に住むと言われている、ある天才詐欺師が恋をした、と。」「――は?恋、ですか?」「詐欺師は意中の女性を手に入れる為、彼女の財産を、家を、生きるすべを全て奪った後、路頭に迷う彼女の前に現れて、こう言うそうですよ」



「"何やってんだ、アンタ"」

突然聞こえた別の声に、私も男の人もびくっと肩を跳ねさせてその声の発信源を見た。
玄関の扉の向こう。長いコートのポケットに手を突っ込んだローさんが立っていた。


「ロー、さん」
「……」
「おかえりなさい。……えーと、この人は、詐欺相談事務所の方で。以前少しお世話になったんです」
ローさんは、何も言わずに男の人を見た。彼もまた、ローさんに鋭い視線を向けている。


「あ、あはは…この方、ローさんが詐欺師だって言うんですよ」

私は乾いた笑いをこぼしてそう言った。
(あれ?何でだろう……)

ローさんと、目が合わせられない。


「いやですよねぇ。まったく………ローさんがそんなこと、するはずないのに。」

何で、何も言わないんですか?ローさん。
まったくだ。って、どうして言わないんですか。

「………」
私は、そっと顔を上げた。
ローさんは私をじっと見つめたままだった。



「ち、

 ちがいますよ、…ね?」

私はローさんの唇がゆっくりと動くのを見た。やめてくださいよ、やめて。どうしてそんな顔をしてるんですか。私は、そんなの、みたくないのに。

「ごめんな」
×