なまえは肌触りのいい茶色のリュックサックに荷物を押しこんでいた。ベットは、なまえの体重とリュックの重さで深く沈んでいる。あたりにちらばっているのは、かさばるから船に置いていくものだ。どれを持っていってどれを置いていくか吟味しているうちに、ずいぶんと居留まってしまった。本当は、すぐにでも出て行かなきゃいけなかったのに。


この船はやさしいから きらいだ。


「…よし」

誰にも気付かれないように気合を入れて立ち上がった。部屋は散らかしたまま行こうか…いや、止めよう。朝私を呼びに来た誰かが驚いてしまう。いつも通りに綺麗なままにしていこう。そうすれば私がとうに船を出たことに気付かないかもしれない。そうだといい。探しに来ないでと書き置きを残そうものなら、彼らは探しに来るだろうから。


この船はやさしいから きらいだ。


「…」

そっと扉を開けて部屋を出た。振り返ると決心が鈍りそうだったから後ろ手にドアを閉めた。ふと目線を落とすと、床には焦げた箇所があった。これは、前にエースと喧嘩した時に作ったものだと思う。原因はなんだったか忘れたけど鎮火したのはマルコだ。あのときのげんこつは相当痛かった。まあ、もう体験することはないけど。


「…」

思い出を振り払うように前を向いて甲板に向かう。たしか小舟があったはずだ。グランドラインを小舟で横断だなんて一見無謀に思えるけど実はそうでもない。まあ…あたしの能力あっての話だけど。――ガタン
すぐ脇の部屋から音がして、驚いて立ち竦む。しかし少し経つと地響きのようないびきが漏れ聞こえてきた。ここは…サッチの部屋か。寝ても起きてもうるさいな。またビスタに怒られるよ。まあ、あたしには関係ないけど


「…、」

ハルタとはここで剣の練習をしたし、イゾウには二丁銃の扱い方を聞いた。ふたりとも中々スパルタだったけど、やっぱりうまくて悔しく思った。まあ、もう教わることなんてないけど


「っ」

なんだか心臓が、ぎゅっと痛くて泣けてきた。たぶん何かの病気なんだと思う。ナースさん達に診てもらわないと……って、あたしもうこの船出るんだった。


静かな甲板に辿りついた時、おもわず溜息がでた。せっかく誰にも見つからずにここまで来れたのに、なんで

「グララ…おいバカ娘。おめェ一体 どこ行く気だ」
「…オヤジ」

いつものように変な笑い方をしたオヤジは、ごくごくと杯を煽った。いつものようにオヤジはでかくて威厳があって格好よくて。あたしの大嫌いなオヤジだ。

「そんな大荷物背負って…家出でもする気じゃあねェだろうな」
「家出じゃ、ない」
「なら帰らねェつもりか?」

あたしが言葉に詰まると、見透かしたようにオヤジは告げた。

「バカ娘が……変な見栄張ってんじゃねェ」
「!」
「そんな泣きっ面で旅立つ娘を、俺ァ送ってやれねェぞ」
「…見栄なんてはってない。あたしは、好きでここを 出て行くんだから!」
「だったら笑え」

思わずオヤジの方に振り返ってしまった。オヤジは口元を釣り上げて続けた。「そうしたら俺は堂々と娘の船出を見送れる」あたしは頭の中がこんがらがって、分けが分からなくなって、ただひたすらに出した声には嗚咽が混じっていた。


「お、オヤジ、は!あたしを…っ知らないから」
「グラララ!…泣き虫で意固地で食い意地の張ったバカ娘だ」
「そうじゃなくて」
「だが」
オヤジの腕がのびてきて、大きな手のひらが頭に乗る。

「仲間想いで信頼と情の厚い、努力を惜しまねェ自慢の娘だ」
「…っ」

この船は、やさしいからきらい
この船に乗る海賊たちは、卑劣でないから、―――



「あたし、この船にいてもいいのかなぁ…」

「あたりめェだ」
「オヤジ達に言ってないこと、まだ、いっぱいあるよ」
「これから言やァいい」
「たぶん、みんな、あたしを嫌いになるよ」
「グラララ、お前の兄弟達はそんなに小せェ器じゃねェだろう。それに」

オヤジは笑いながらまた酒を煽った。


「家族は助け合って生きるもんだ。―――…なあ?お前達」


え?と振り返ると、廊下の影が急にざわざわし始めて、終いには人垣が雪崩のように崩れるのが見えた。

「バレたじゃねェか!」
「お前の所為だ!」
「お前が蛍火なんて使うから!」
「暗かったんだから仕方ねェだろ!このリーゼント!えい!」
「おま!おま!ちょっと焦げちゃったじゃねェか!」
「おめェら耳元で煩ェよい」


「まったく…聞き耳立てるにゃ、つくづく向かねェ連中だ」
「……っほんと。バカばっかり」

ぼろぼろ零れる涙を拭いながら、少しだけ軽くなった心でわたしは笑った。
この船はやさしいから嫌い。でもそれ以上に、やさしいから大好きだ。



***


「センゴク元帥!白ひげ海賊団偵察中のなまえ佐官より電伝虫です!」
「やっとか…あの怠け者め。どれだけ報告を遅らせたと思っとる…もしもし………………何!!?海軍を辞めるだと!?手配書の額は5000万ベリーからで、って…ふざけるなァ!おい!礼などより事情を、こら!………き、切りおった!!」
「わははははは!ついにやらかしたか、あのバカは!」
「笑い事か!ガープ!大反逆だぞ」
「それで?何て言っておったんだ」
「……今までありがとうございました。ようやく家族ができました、と」

ガープは柏餅を頬張ると、どこか嬉しそうに目を細めた。


「そうか。…まあ、なっちまったもんは仕方あるまい!諦めろ、センゴク」
「ぐッ!どうして、貴様はそう、楽観的なんだ!」
「ああ!おい!」

憤ったセンゴクはガープから取り上げたそれを窓の外にブン投げて、自分の分の柏餅にかじりついた。「捨てること無いじゃろ!!」と憤慨するガープはそのままに、センゴクは熱くなった思考の端で、額はせいぜい3000万だ!とせめてもの糾弾をするのであった。

家出未遂
474747hit オヤジと家出しようとする女の子/白ひげ
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