一重に暗闇と言っても色々あります。えー、例えばほら、日の当らない路地裏の暗闇。お化け屋敷のように作られた人工的な暗闇。彼や彼女の心の暗闇。などなど
しかし暗闇につきまとうのは明るみです。太陽の光。街中にともるオレンジ色の光。明かりがあればこそ暗闇が映えるわけで、つまり、何が言いたいのかと言いますと。


「街が、真っ暗…」


混沌に陥った地下鉄から地上に向けた階段を登り終えたなまえは唖然とした。
いつもならビルやお店の明かりで溢れている街は、文字通りの真っ暗闇だった。時たま見える小さな光は携帯電話の液晶画面だろうか。溢れるのは混乱しながら街を行き来する人々のざわめき。悲鳴じみた女性の声。誰かの、怒声。
私は怖くなって鞄を抱きしめた。―――どうしよう、誰か、



「――――…なまえ!」

振り返るのと同時に腕を掴まれる。ハッと息を飲むと、察したように暗闇が再度声を発した。さっきの、自分の存在を気付かせるためだけの声の張りとはまた違う。他の雑音に紛れないような落ちつき払った声。


「俺だ。…大丈夫か」
「…、キッド?」
「そうだ」

暗闇の向こうでキッドが頷いたのを感じた。完全に一人きりだと思っていたこの空間で、馴染みの相手に会えた事がこんなにも安心できるものだなんて思わなかった。あからさまに安堵の息を吐く私の腕は、確かにキッドの手のひらが包んでいる。


「これ、一体、どうなってるの」
「俺にも解からねェ」
キッドが眉をしかめたのが分かる。
「だが只事じゃなさそうだ。この地域は多分全域停電してんだろうぜ」
「そんな…」
「…明かりが戻るまで家には帰れそうにねェな」
「っキッド、やだ」
キッドの手のひらが突然腕から離れた。焦った私の口からは、思ったよりもずっと不安そうな声が出た。

「…どこもいかねェよ、ライター探してただけだ」
「あ、そ…そっか」
「…」

少し黙ったかと思ったキッドは、今度は腕じゃなくて私の手を握った。驚いた私に向かって、キッドはぶっきらぼうに「迷われても面倒だ」と告げる。暗闇の中での些細な優しさは、有難かった。


「とりあえず、ここを離れるぞ」
「え?」
「いつまでも道のど真ん中にはいられねェだろ」
もっともだ。実はさっきから行きかう人の肩やら肘やらがしきりにぶつかってきて痛い思いをしていたのだ。

「俺の手を離すな。ちゃんと、付いて来い」
「うん」
「足はなるべく上げて歩けよ。何かにけっつまずいて転ぶなんて間抜けな真似……と、オイ…!言ったそばからお前…」
「あ、ありがとう。おかげで転ばずにすんだ」
「ったく」

キッドが繋いだ手に少し力を込めた。暗闇にも少し目が慣れてきた私達は、慎重に一歩ずつ踏み出して夜の街を歩く。
街中の明るさと路地裏の暗さはもはや同等のものだ。それなら誰にもぶつからず怪我を負うことのない路地裏で待機していよう、と話がまとまり、私達は建物と建物の間の通路に滑り込んだ。


「…疲れたね」
「おう」
地べたに腰を下ろしたキッドの横に私も座る。

「制服汚れるぞ」
「キッドこそ」
「…俺は別にいい」
「私も…」

少し路地裏に入っただけなのに、騒音からはだいぶ離れられたようだ。私は何ともなしに空を見上げ、思わず息をのんだ。


「み、て!キッド」
「……もう見てる」

建物に隔たれて少し狭くなった空には満天の星。普段、光で溢れたこの街では到底見ることのできない景色に、圧倒された。
私とキッドはしばらくの間、黙って空を見上げていた。この沈黙をなまえは密かに心地良いと感じた。


「…なあ」キッドの低い低音が囁きかける。
「ん?」なまえは顔をそちらに向けた。
「お前、今日何で俺が、あの暗闇でお前を見つけられたか…分かるか」
「…分かんない。どうして?」


暗闇の中 は笑った

「好きだからかもな」

「…!」

言葉が喉につっかえて中々出てこない。こういう時は何て言ったらいいんだろう、冗談かな?本気かな?からかっているふうには聞こえないけど、キッドが…私を好き?そんな素振り全然なかった。…それとも、私が気付かなかっただけ?

一生懸命に頭を使っていると、突然辺りが明るくなった。街に光が戻ってきたようだ。しかし今の私はそれどころじゃない…一体、どうしたら
行き場のない視線をチラっとキッドの方をに向ける。同時に、肩の力がすっと抜けた。
そっぽを向いたキッドの耳が真っ赤だったのを見たからだと思う。

「…見てんじゃねェよ」
「真っ赤だよ」
「煩ェ……お前に言われたくない」

私は俯きながら小さく呟いた。

「キッド、何で今日私が、あの暗闇の中ですぐにキッドだって気付いたか、分かる?」
「…俺が声出したからだろ」

薄明かりの中 彼女は笑った

「キッドだといいなって、そう思ってたの」

切れ長の目を大きく開いて、やがてキッドは小さく舌打ち。

「暗かったら、キスの一つでも奪えるってのに」
「キッド」
「何だよ、悪ィか……、!」

小さなリップ音を響かせて、再度目を見開くキッドに言った。――みつけてくれて ありがとうね。照れたような怒ったような、そんな変な顔をしたキッドは結局何も言わず、何も言わせないように、もう一度私の唇を奪った。

463463 学パロで停電の話/キッド
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